サンセバスチャン国際映画祭で『海辺の彼女たち』世界初上映 監督らとスペイン滞在 映画祭と地域の深くて強い関係

投稿者: カテゴリー: 文化 オン 2020年10月29日

取材後に寛ぐ(左から)筆者、藤元明緒監督、岸建太朗撮影監督

 スペインのサンセバスチャン国際映画祭で、よりよい生活を求めて来日したベトナム女性労働者たちの苦悩と葛藤を描く日本・ベトナム共同製作映画『海辺の彼女たち』(英題:Along the Sea)(藤元明緒監督)が9月19日と20日、世界初上映されました。この映画祭に参加した同作のプロデューサーで西東京市在住の渡邉一孝さんによる寄稿を掲載します。映画祭と地域の深くて強い関係などに強い印象を受けていました。(編集部)

 

 先日スペインから帰国。都内某所での隔離生活を経て家に戻り、これを書いています。現在、海外からの帰国者は、空港にて抗原検査を受け、その後、公共交通機関を使用せずに自宅やホテルなど自分で手配した待機場所に移動。2週間の期間、なるべく外出を避けた生活をするようにと言われています。最寄りの保健所からは、1日2回体温を測るなど体調への注意を促すメールが届きました。(とは言いながら、検査後は全て帰国者の裁量に任されていますが…)。私はと言えば、唾液の抗原検査を受け無事陰性だったものの、家族から離れて、暫く場所を借り、隔離期間を過ごしました。

 スペインへは、サンセバスチャン国際映画祭という映画祭に、プロデュースする映画『海辺の彼女たち』(藤元明緒監督)のワールドプレミア上映*1のために藤元監督と撮影監督の岸建太朗さんと私の3人で参加しました。その体験のなかで興味深く感じたことを少し書かせていただければと思います。

*1 世界で初めての公開上映のこと。映画は、初のお披露目が一番の価値が高まる瞬間。 どこを初披露の場にするのかで、その後どれくらい(どこに)広がっていくか映画の運命に大きく関わってくる。

 

サンセバスチャン国際映画祭の特徴

 

 決して潤沢な予算で作られたわけではないインディペンデントな体制で作られた私たちの映画が、世界5大映画祭とも言われる大舞台で披露される場に立ち会うこと自体、なかなか打ち震える出来事でした。それを考慮しても、今回の体験はまた不思議なものでした。(映画の中身については、”映画『海辺の彼女たち』”で検索ください。2021年劇場公開予定ですが、早速11月開催の東京国祭映画祭にて日本初上映を行います。最新の情報は、各SNSの映画アカウントをフォローご確認頂ければ幸いです。

 コロナ禍での世界の国際映画祭の対応*2 が大変な中で、実地での開催を決断した映画祭ということもあり、今年は全てが異例。海外ゲストが4割で、会場の席は通常の半分。派手な催しもネットワークパーティーもなく、映画を作る者同士の交流があまり持てなかったのは残念でした。一方で、業界関係者、お客さん含め参加者の多くが、地元バスクの人や、スペインの人が大半だったために、より”地域”性を感じる機会となりました。

*2 中止する映画祭も多く、オンライン上映に全て移行、もしくは、オンライン上映と映画館での上映の両方を行う。上映を保ちながら、イベントを縮小、または、イベントを中止するなど、対応の仕方は映画祭によって様々。

 

映画祭のメイン会場となったクルサール国際会議場・公会堂

 

 映画祭での全ての上映回(全部で5回)が満席となったことを受け、私たち映画チームは、舞台挨拶のない回にも会場の外でお客を待って話せるだけ話しに行ってみることにしました。すると、なかなか英語が通じない…。 大方が地元の人だったようで、中には50km離れた周辺の村から、映画を2本観るためにきて帰る方もいました。その方曰く「この映画祭はチケットも7~8ユーロと安く、映画も面白い。また映画制作者との距離も近い。それに街には美味しいお店も多いから、毎年くるんだ。ピンチョスはもう食べたか?」。地域の人々は毎年この時期を楽しみにしているようでした。

 

上映後に話にきてくれた映画を学ぶ学生たちと(右端が筆者)

 

 ちなみに、私たちを担当してくれた映画祭スタッフの一人の男性もサンセバスチャン出身。大学を卒業したばかりで、彼の父親もこの映画祭で長くスタッフをやっていたと聞きました。2世代で同じイベントに…。彼に聞くと、今年で68年目となる映画祭は、もはや街の欠かせないアイデンティティの一つになっていて、コロナ禍だろうと開催するなという声はなかったとのこと。なるほど。街の人(人口は約18万)にとっては、生まれた時から毎年国際映画祭があるということはそういうことか…。

 

映画祭(文化イベント)と土地(地域)

 

 映画祭の開催年数の長さ、入場金額の低さ、スタッフや観客に市民がいる事もそうですが、映画祭が地域(*3バスク地方)を大事にしているのは、上映の仕方にも表れていました。全5回のうちの2回は、英語字幕+地元のバスク語(スペイン語と全く違う)字幕つきの上映。他3回の上映は、スペイン語の字幕+英語字幕。バスク語字幕に関しては映画祭が用意してくれました。(後から調べたら)50万~100万人ほどの話者しかいないバスク語にそこまでの配慮をする世界レベルの国際映画祭に、また、そこまでの配慮をさせる誇りすら感じさせる”バスク文化”に興味が湧きました。思い返せば、上映前舞台挨拶での撮影監督・岸さんのバスク語の挨拶に、会場は異様なくらいドカンと湧いてました。そして、地元の人が多く観ていたからか、街を歩いていると、よくCongratulations ! と声を掛けられました。

*3 スペインとフランスにまたがるバスク地方の人口は約300万人。

 

上映前の舞台挨拶。左2人目から、岸さん(撮影監督)、藤元さん(監督)、筆者

 

 サンセバスチャンは治安も良く、上映が夜遅くまであっても身の危険を感じにくい街でした。渡航直前にスペインでの感染が1日1万人を越したのをニュースで見て警戒していたのですが、着いてみれば道ゆく人のマスクの装着率はほぼ100%。街はとても敏感にコロナ禍に対応しているようでした。映画館(4館ほど)も豊富で、美術館(入場無料だったり)もあって、ビーチもある。知り合った映画監督曰く「”食”はこの街のソウル」で、旧市街にはピンチョスとタパスのレストランが並んでいました。子ども達で一杯になる、午後の古い教会の前の広場や公園には、街が”生きている”のを感じました。

 

 

例年は人で溢れかえるレストラン街は人影もまばら

メインコンペ部門の上映会場となったビクトリア・エウヘニア劇場

 

西東京市と文化(映像)

 

 “文化と地域”を考えるに、この映画祭とこの街はとてもいい例を見せてくれているように思いました。バスク地方の誇りや特殊性を感じつつも、ここまで辿り着くのに市民達はどんなことをしてきたのか…。

 私がこの体験から考えるのは、大事なのは(”派手さ”ではなくて)、文化に関係する人々が「自らが大事にすること」と「地域の中の何を大事にしているか」を示し、市民がそれに参加して行く循環ではないだろうか、ということでした。その循環が繰り返される分野が、その地域の色になって行くのではないか、と。あの街には、映画祭だけでない沢山の文化に関係する試みがあった(ある)のではないだろうか…。

 

 私の住む西東京市(人口はサンセバスチャンと近い約20万)には、映像の分野で言えば、映画館はありませんが、西東京市民映画祭が20年近く行われています。こちらは、地元の人が運営し、予備選考に市民が関わり、地元のホールで入選作品を上映し、市民が名も無い作品を観るイベントですね。毎年スタッフやお客さんとして参加する市民の方もいらっしゃいます。

 

 公民館での講座や上映会もたくさんありますね。私も、いくつか参加したことがありますし、私自身も行っています。2018年から西東京で始めた「見たことないモノを観てみる会」という映像を観るワークショップは、ありがたいことに昨年に引き続き今年も田無公民館で「見たことのない映像を観る講座」*4として行います。

*4  今年は12月。週に1回、平日午前中に3回連続講座(予約制)として行う予定です。こちらでは、映画館やネット上でも観ることの(ほぼ)ない短い映像を、事前情報なしでみて、参加者と”何をみた”のかを共有する時間を過ごします。地域の中の世代を越えた交流も重要だと考えて、年齢の制限を設けていません。詳しくは西東京市のホームページや公民館だよりなどをご覧頂ければ幸いです。

 

 私が知らないだけで、他にも継続した色んな試みがなされているのだと思います。文化のことを考えながら地域のことを考え、地域のことを考えながら文化のことを考える…と文化に関係するイベントを企画している人々、参加する人々が尊く感じられるようになって来ました。そんな視点で以後、ひばりタイムスや、FM西東京、「公民館だより」、などの地元メディアの情報も読んでいこうと思います。
(写真はすべて筆者提供)

 

【関連情報】
・映画『海辺の彼女たち』(映画公式ティザーサイト
・特報(ティザー映像): https://youtu.be/Ijmg2ONtwR0
・東京国際映画祭 上映作品「海辺の彼女たち」(第23回東京国際映画祭
・Facebook : @umikano 
・Twitter : @umikano_film 
・Instagram : @umikano_film 

・「見たことないモノを観てみる会」(Facebook

 

【筆者略歴】
 渡邉一孝(わたなべ・かずたか)
 西東京市在住。2014年に映画等の企画製作、翻訳・映像字幕制作を行う株式会社E.x.N(エクスン)を設立。日本・ミャンマー合作映画『僕の帰る場所』(2017年、第30回東京国際映画祭 アジアの未来部門2冠)、短編『白骨街道』(2020)などをプロデュース。新作の日本・ベトナム共同製作映画『海辺の彼女たち』(2021年公開予定)が、第68回サンセバスチャン映画祭新人監督部門に選出。山形国際ドキュメンタリー映画祭 ヤマガタ・ラフカット!部門プログラムコーディネーター。西東京市を中心に、自身が出会った国内外の映像を用いて複数人で鑑賞・感じたことを共有するワークショップ「見たことないモノを観てみる会」を主催。「映像と作り手と受け手」について考えている。

 

(Visited 663 times, 1 visits today)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA