半夏生

「紫草・エコ・キヤンプ・残日録」第3回 輪廻転生の世界に踏み入る

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2021年7月15日

 ~6・7月、新川暗渠緑道に梅雨到来の第2メッセンジャー~

 四方を海に囲まれた温暖湿潤の日本列島。毎年、梅雨の訪れを告げるお馴染みの「草」がある。でも紫陽花を思い浮かべる人が多いだろう。だがアジサイは落葉低木であって草ではない。冒頭の写真はハンゲショウである。漢字で「半夏生」、またの名を「半化粧」と書く。そのほか「片白草」(カタシログサ)とも書く。この名称がこの植物の特徴と不思議さを一番よく示している。(写真:「あれッ、あの紙吹雪は何だろう」。10m先に突然現れたこの群落。その白い正体はまるで魔術師だ。)

 ハンゲショウの花の両端の葉は白い。しかも葉のオモテ面だけが白く、ウラ面は葉本来の緑色。あたかも片面印刷をしたように白いから面白い。さらに面白いことに、この片面印刷の魔術は夏に入ると今度は白い葉を緑色に戻す。これまで梅雨の時期にハンゲショウの群落を見たことがなく、夏や秋にはその存在に気づきもしなかった。そうなのである。葉が緑色ならば、道端のただの雑草と変わりがない。本格的な夏になったら、葉の「緑色復元」を確かめよう。

 

 

 

 植物図鑑で調べたところ、ハンゲショウの元祖はドクダミだとわかった。したがってハンゲショウはドクダミ科の多年草。ハンゲショウを触ってもドクダミ特有のアルデヒド系の臭気はさほどない。どれほど抜いても生えてくる嫌われ者のドクダミの4枚の「花」は白だとおもいこみがちだが、実は花にあらず。本来の「花」には花弁も萼もなく、雄蕊と雌蕊が同居して1本の円柱状の花序(花穂)を突き立てている。ハンゲショウの花穂は、ドクダミのように垂直ではなく「?」マークのように先端がカーブしている。ドクダミ開花の全盛期が終わる頃、つまりひと月あとにハンゲショウの全盛期が続く。まこと、梅雨の季節の花は白が多い。

 双方とも湿った半日陰を好む習性があるので、ドクダミ群落とハンゲショウ群落が隣合わせになると壮観なドクダミ科ロードとなる。ハンゲショウもドクダミと同様に薬草である。利尿・解熱・解毒などの薬効があるけれど、ドクダミには近寄りたくないとおもう一方、ハンゲショウには好奇心をかきたてられる。ドクダミが梅雨の訪れを告げる第1メッセンジャーならば、ハンゲショウは第2のメッセンジャーであることを知るべし。双方とも地上部は枯れても、地下茎を張りめぐらしており、春の到来とともに再生する。植物らしくしぶとい輪廻転生である。

 ハンゲショウの先端の葉は7月11日現在でもまだ白い。梅雨はまだ明けていない。新川暗渠緑道は野草・雑草・園芸「帰化」植物種の混生地帯であり、場所によって陽射しがかわる。カンカン照り、半日陰、終日日陰の時間もあれば場所もある。ハンゲショウは必ずしも単独で群落をつくるとは限らない。ミョウガ、ムラサキシキブ、カンゾウ、ドクダミなどに混じりながら土壌を共有している。自然はもともと混生の場所をつくる。そこは、土壌菌をはじめ菌糸・苔類・ダニ・蚯蚓・団子虫・昆虫・蜥蜴などの小さな動植物の共生=共棲空間である。

 古くから農民は半夏生に入るまでに田植えを終える習わしを守ってきた。もともと半夏生とは夏至より数えて11日目から七夕頃までの5日間を指し、夏の半分の時節の意ではない。大雑把にいえば1年のおよそ半分にあたる時節が半夏生だとおもえばいい。現西東京市には稲作田圃がほとんどないけれど、日本列島の米作り農民にとって半夏生は大切な暦のひとつであった。稲作農民は梅雨の終わりを雷鳴で知り、稲妻が稲の実を孕ますことに恩恵と畏怖を感じていたように二十四節気をはじめ、八十八夜も半夏生もこうした農事のリズムを培ってきた。

 

 ~4月、もうひとつの白い群落があった~

 

 「おや、あの香りだ……」。足を止めると連れ添う老犬〈花〉も立ち止まった。あたり一面に、なんとも上品な気高い香りが漂っている。「あっ、スイカズラだ。もうそんな季節になったのか」と、しばし幸福な気持ちに浸った。甘く優しく、時として狂おしく切ないスイカズラの香り。これが自然のなす業なのか。香りの魔術師とはこれをいう。おそらく初めてスイカズラの香りに酔い痴れた人は永遠に忘れないだろう。それほどまでに嗅覚中枢に残る香りなのである。この香りは「リナロール」というモノテルペンアルコール類の芳香成分による。嬉しいことにスイカズラは日本原産なのである。

 1年経つのはほんとうに早い。春夏秋冬365日、老犬〈花〉と散歩に出かけるが、季節の移ろいを感じさせてくれるのは常に散歩道で出会う道端の草花である。人家の塀際、街路樹やガードレールの直下、アスファルトや敷石・縁石の隙間、駐車場や空地などに生える草花たち。彼ら彼女らは賑やかな歌声を風に乗せて、自然の絶えず変化する姿を届けてくれる。

 老犬といえども〈花〉の嗅覚はまだ衰えていないはずだ。だが、〈花〉はスイカズラの香りに反応したわけではない。お供が歩を休めたから反射的に立ち止まっただけらしい。朝夕の散歩の時、〈花〉はあちこちの匂いポイントに立ち寄る習性があるけれど、スイカズラの香りには無反応だった。「〈花〉よ、どうしたんだ。おまえは散歩のナビゲータじゃなかったっけ」と問いたいが、ワタクシは犬語が話せない。ナビゲータは老犬〈花〉ではなく、散歩の途中で出会う道端の草花たちである。わが老犬とコミュニケーションを交せるのはアイコンタクトだけなので、この地上の芸術品であるスイカズラの馥郁たる香りを言葉で共有できないのが実にじれったい。

 

草花

草叢の混生は自然の摂理。季節ごとに植物が交替し、被子植物の1年草・多年草が輪廻転生を繰り返す。

 

 ところで、香りの発信源は東京都と西東京市が管理する「碧山森緑地保全地域」の曲がり角にある。すぐ右隣には西東京市の広報掲示板がある、といえば「ワン友」は場所がおわかりであろう。風景を切り取った写真ではわからないが、そのあたりはさほど景観のよい場所ではない。むしろ一般通行人がスイカズラの開花に気づかずに通り過ぎてしまう場所といってもいい。しかし、そこは散歩の帰り道の重要な定点であるばかりか、お家が大好きな老犬〈花〉にとっても馴れ親しんでいる場所でもある。あえていえば、そこは都市と自然のささやかな環境共生のシンボリックな一郭であり、確実に季節変化を告げるメッセージ・ポイントでもある。このような『老人と海』ならぬ「老人と犬」の日常を通じて、野の草花や草叢の生き物への偏愛が始まった。昨日も今日も明日も、混生地帯の草叢で交わされる生き物すべての囁きに耳を傾けたい。

 

 ~エコキヤンプの「原っぱ+ガーデン」は植物交替の実験劇場~

 

概念図

 

 紫草を特別扱いせず、紫草栽培を孤立化させないために、2年目のエコキヤンプでは紫草の栽培スタイルのいくつかを実験中である。もともと何世代も継承されてきた栽培種の子孫の遺伝子があるのだから、「一過性」の実験結果は期待できないかも知れない。紫草を野生に返し、何世代か先の将来「自生」を実現するのが果して可能なのだろうか。これはやってみなければわからない。たとえ実験結果がどのようなものであろうとも、実験栽培をする「価値」はある。

 紫草が自生する環境とはどのようなものか。それは紫草だけを特化し栽培する庭づくりでは実現できない環境なのだろう。ましてや、農作物として紫草を大規模ハウス栽培することでは決して実現できない環境であるのに相違ないだろう。上記の野草・雑草の概念図に、紫草のポジショニングはあてはめにくいが、おもいきって紫草を「野草・雑草」として括ることが、紫草に適した生存環境の展望に赴くのではないだろうか。すると、幾世代かの実証を通じて、紫草の自生する環境づくりに近づくことを夢想するのである。

 但し、これまでの自生紫草の発見場所は富士山麓や大菩薩峠などの中山間部で、いずれも陽当たりがよく水はけのよい傾斜地帯であった。それらはススキなどの繁茂に混じって発見されたと伝えられている。直近では奥多摩の檜原村の中山間部でも自生紫草が発見されている。このほか関東地方の丘陵地付近の発見例としては埼玉県比企郡小川町がある。全国的に有名な紫草産地として、岩手県南部地方、滋賀県東近江市、京都府福知山市、大分県竹田市などが知られているが、「最初の発見場所」の地勢地形は詳しく知らない。

 ともあれ、エコキヤンプでは現在3通りの実験栽培をおこなっている。
 ①雨除け日除けのミニハウス1号棟・2号棟内では「7号鉢栽培」を標準とした。これに加えて、②青天井下での地植えの「マルチ栽培」と、③原っぱガーデンの一郭での「紫草サバイバル放置栽培」を行っている。これらのうち③は周辺の草叢の循環とシンクロするように、わずかの除草だけで一切の施肥を断ち、なすがままに育てている。晩秋にはどんな光景が出現するか楽しみである。①②③のうちでは③の「紫草サバイバル放置栽培」にもっとも期待を寄せている。

 そのわけは、①②は今後とも同様の栽培を継続するか、もしくは改良方法を見いだすしかないけれども、③は他の植物(野草・雑草)との混生を通じて草叢に生き残る可能性があるからである。いわゆる「こぼれ種」の発芽・成長による子孫が継続するかもしれない。当然ながら地下世界では、他の植物との共存共生とアレロパシー淘汰(他者抑制・排除)の宿命的な同時進行のドラマがはじまるのである。そのような平和と戦争を繰り返しながらの紫草の輪廻転生を見つめたい。だが、それまでにこちらの余命が尽きるのは致し方あるまい。

 連載第4回はテーマを「循環、紫草と人のライフサイクル」と題して届けします。再見。

 

 

蝋山哲夫
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