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栽培史図

「紫草・エコ・キヤンプ・残日録」 第6回 紫草の保存活動の多様な展開をめざして

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2021年11月18日

 ~紫草栽培の試験場、エコキヤンプ~

 1年はあっという間に過ぎる。11月半ば、いつものように街中のホウキグサが赤く色づきはじめた。人と紫草のライフサイクルも終盤にさしかかると決まって期待と不安が入り混じる。1年間の紫草栽培の仕上げの時期を迎えるからである。

 仕上げとは紫根の収穫を意味するが、地下の紫根の成長具合は直接見えない。透明の鉢を作って実験栽培をできなくはないが、それは敢えてしない。紫根の成長への不安感があるぶん、栽培の「緊張感」がある。ヒヤシンスの水栽培のように「白根」を見ながら観察する訳にはいかない。紫草の栽培土壌と環境に適応する工夫こそが紫根の成長への確実な道にほかならない。〈以降、ご紹介できる個別の進捗写真が少ないのでご容赦を〉

 紫草栽培には「唯一無二の最適の栽培方法」はない。その土地の土壌構成要素によっても、語り継がれた伝統的な栽培方法によっても、栽培の仕方は異なるであろう。栽培方法の「定説」がないために、われわれ西東京紫草友の会はWEB情報検索で知り得た、いくつかの先達者「産地」の栽培方法を学んできた。その結果、3つの栽培の実験を試みることにした。一番目はミニハウスの中での7号鉢の栽培、二番目は露地マルチ栽培、三番目は耕作ゼロ・肥料ゼロの放置栽培である。

 

 ~実験3、敢えて試した「放置栽培」の愚と現実の教訓~

 

 まず単純明快な実験3の失敗談からはじめよう。ご想像のごとく、三番目の劣悪な土壌環境では全くお話にならぬほどダメだった。「紫草は肥料食い」という定説は、たぶん江戸時代後期の農学者大蔵永常の著書に由来する。その著書『広益国産考』(初版は『国産考』として天保13年に出版)で、紫草の成長に合わせて一番肥えから三番肥えの必要性を説いている。だから肥料ゼロ栽培なんぞは夢物語に過ぎず、水遣りも徒労に終わった。わかっちゃいるけど、そこらへんの空き地にスコップで穴を掘って苗を植える安直な「栽培」は元々ダメなのである。

 これに加え、酷暑のカンカン照りと雨ざらしの場所での「栽培」は土台無理だと改めて確認した。万葉時代から紫草は整備された禁猟区での支配者による囲われ栽培によって保護管理されてきた歴史があり、江戸時代中期以降は換金農産物として督励された農業だったことを知るべし。

 江戸時代の農民たちは木綿や麻の衣服を着て作業し、この結果、農民は生涯自分たちが身に着けることのない紫根染の絹布の供給者となり、元祖SDGs問題を孕む有為の生産者となったといえる。しかし、われわれは生計のためではなく、余暇時間の有効活用を前提として、絶滅危惧種紫草の保護育成を実践し、紫草文化の開花を夢見て楽しく活動するための「趣味人」の市民団体なのである。とは言え、ゴールまでの道のりのなんと遠いのだろう。ノン!  紫草文化の創造のために要する時間・労力・資金の掛かることよのう。

 とりわけ気力と体力こそが基盤なのであるけれども、ご多聞に洩れず、他の市民団体と同じく常に老齢化と闘い、励まし合い、若返りの刷新をはかることが現下の最大の急務にほかならない。紫草の保存活動を持続するためには、ノウハウ蓄積と若いチカラの発揚が不可欠で、これまた最大の課題である。この連載の題名の一部である「残日録ざんじつろく」の語源どおり、『日残ひのこリテルルニいまとおシ』の心境(≠老境)が身に沁みる。

 

 ~実験1、ミニハウスでの紫草7号鉢栽培~

 

 ディテールから始める。一番目の7号鉢の栽培は用土の配合に経験知を要する。鉢底付近に油粕を敷き、その上に赤玉土と腐葉土を混ぜ重ね、さらに培養土に燻炭くんたん・バーミキュライト・過リン酸石灰・苦土石灰・マグァンプの配合用土の層を重ねる。こうした混合用土に、3月初旬に播いた種が6葉前後に成長した紫草の若苗を移植する。そして梅雨明けの夏日の頃、追肥として緩効性化成肥料とマグァンプ細粒を表土に混ぜることが大事である。

 こうすることで明るく風通しのよいミニハウスの中で、紫草は5月の成長期に開花し、夏場にかけてぐんぐん繁茂し、7月・8月には結実しはじめるのである。一方、紫草は「水に耐えず」といわれている。エコキヤンプのミニハウスは「雨除け・日除け」のシートでボールト部分(蒲鉾型の屋根)を覆って、気温30℃を越える猛暑日に備え、冒頭写真のように葭簀よしずがけを施した。なお葭簀がけは10月後半には撤去した。惜しむらくは市公有地ゆえのミニハウスには高さ制限があり、立ったまま作業できないという難があるのは否めない。

 

紫根

 

 ~実験2、露地マルチ栽培の逞しさと不思議さ~

 

 二番目の栽培方法は、現代の農業スタイルとほとんど変わらない。耕作した土地にマルチシートを敷き、30㎝ピッチで穴を穿ち、種を直播きした。勿論、開墾した用地は苦土石灰による土壌中和を先行しているが、用地を寝かせた期間は短い。まず、鍬とスコップの併用で深さ30㎝ほど掘り起こした。底に油粕を混ぜて敷き、その上に培養土と腐葉土および緩効性化成肥料を混ぜ込み、撒水。燻炭は用いていない。こうして面積は小さく、長さ2.5mほどの畝をつくり、マルチシートで覆った。これで紫草耕作地=畑ができたのである。一つの穴に紫草の種を4,5粒ずつ播いた。穴は1列7個の2列配置、全部で14個あけた。ちなみに7号鉢の種播きは「1鉢1株」である。

 発芽は7号鉢よりもずっと早く、10日後ほどで双葉が現われた。その後の成長も7号鉢よりも早く、5月になると密度濃く繁茂したのである。この時期になると、R型アーチにかぶせた鳥害除けの不織布の天井の背丈がぶつかったため不織布を取り外した。すると太陽光が直射し、かつ雨ざらしの完全な露地栽培畑となったのである。発芽後、初期のうちは水遣りの頻度は多めにしたが、成長し葉が繁茂するにつれて撒水は主に降雨に頼った。葉がふさふさ茂っているために、雨が降っても葉が傘となり、雨水を弾き飛ばす。マルチの穴に直に入り込む雨水の量は減っていった。それでも土壌の水分は穴を通じて畑全体にゆきわたっているようだ。根腐れはほとんどなく、11月の後半の現時点でも地上部の紫草は枯れる気配をさほど見せていない。何故なのか。この点がまず不思議な現象である。

 「水に耐えず」といわれる紫草が黄変も少なく、根腐れを起こしていないのが不思議だ。畑は鉢と異なり「仕切り壁」も「底」もない。だから、畑作の紫根は伸びが多方向に深く広がる可能性があろうとおもう。水もまた然りで、畑の保水力は鉢植えよりも豊かであろう。一方、葉にぶつかりはじけ飛んだ雨水はマルチシートの穴に流れ込む場合もあるが、その雨の大半はマルチシートの外側に流れるので畑自体の水はけもよいとおもわれる。たまたま用地に少し勾配があることに気づいた時、紫草の土壌に適していることに合点がいった。紫草は元々、冷涼な中山間部の傾斜地に自生していた。このため陽当たりや半日陰を好む紫草は猛暑には弱い。平地の畑で栽培されるようになっても、比較的に乾燥土に強く、うまく適応してきたと推測する。

 9月に入ってから紫草畑で逞しく繁茂する葉を押し上げ、根元の太さに驚いた。ミニハウス内の7号鉢のそれよりも3倍はあろうか。しかも固く木化しているのだ。これを見ておもわず川越・南古谷の紫草栽培場の光景をおもい出した。そうなのである。現在の種はそこで提供していただいた南部・十和田産の品種なので、遺伝子的に同等の形質が現われたのである。茎枝に結実する種の色が複数あり、しかもなんとなくだが、種自体が大粒のようにおもえてならない。

 実験2の畑から学ぶことは実に多い。今後、紫根を引き抜きその成長ぶりを確認できれば、来季の栽培計画が確かなものとなる。持続的で安定した紫根の量が収穫できれば、確実な紫根染が可能となるだろう。実験1・2の同時栽培をめざす価値はじつに大きいといえる。同じ種でも、雨除け日除け付きのミニハウスでの7号鉢植え栽培と、青天井の露地マルチ栽培の併用がひとつの「理想形」となるだろうか……。この実現の可能性はあくまでも紫根の質量の良さ次第にかかっている。今月末、色素シコニンの含有テストを経て、いよいよ来年1月、我々は自前の紫根を用いて念願の紫根染を試みるつもりだが、こればかりはやってみなければ分からない。染色手順を入念に進め、もし紫根染の出来具合が「吉」と出れば、脳髄が痺れるような喜びを味うことになる。

 

 ~エコキヤンプの草叢の生き物たち≠図鑑~

 

 以下の写真をご覧になってどのようなコトを連想しますか。動植物はヒトの感性を刺激してこころを豊かにしてくれますね。感性の最先端ともいえる感覚や感受性そして記憶はやがてヒトの右脳の働きが左脳の言語中枢に赴き、そのヒトの個性的なコトバを生み出すようになりますね。対象を見る眼、遠く近くの音が入り混じった中で、そのヒトなりの言葉と「映像記憶」が静かに定着する。

 現代社会の生活行動に多大な影響を与え続けるモノ。それは稠密ちゅうみつな情報世界。色々な情報が錯綜する現実と向き合うことを通じて、ヒトは自分の身の丈にあった判断の原型を自らつくりだし、そこに安住するのを好む。あるいはそこから飛び出して新たな価値創造へと向かう。対象と向き合って触れあいながら、別の多様な価値観と感受性が自然に育くまれていく。

 写真は「静」の世界。映像記憶には動と静の同時性の心象世界がある。そこには良い匂いもあれば嫌いな匂いもある。でも美醜や好悪の感覚を越えた向こう側の世界の扉をドアノックしてみませんか。たとえば原っぱガーデン。「原っぱ」の定義に拘るよりも図鑑や事典から抜け出て文字通り身近で多様な事象と対話しませんか。草叢の声や動植物の声に耳を傾けてくださいネ。

 

栽培形態

 

 実物を見てはじめて意味や命名の由来が納得できるカラスノエンドウの黒いさや。中に次代の種子がギッシリ詰まっている。マメ科のカラスノエンドウの根に住みつく根瘤菌こんりゅうきんの働きが素晴らしい。バクテリアの一種である根瘤菌は大気中の窒素ちっそを、植物が利用できるアンモニアに変化させ(窒素固定)マメ科植物に提供する。これによってマメ科植物は自分のカラダをつくるのでる。根瘤菌と共生する植物は大豆をはじめ、カラスノエンドウやムラサキツメクサなどがあるが、いずれもエコキヤンプに定着している。そして動く虫が訪れる。

 では、みなさんご機嫌よう。連載第7回は「エコキヤンブへのいざない」と題してお送りいたします。
〈了〉

 

蝋山哲夫
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