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インディゴ

『紫草・エコ・キヤンプ・残日録』第5回 エコキヤンプの夢、想像力が拓く世界

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2021年9月16日

藍染、空気に触れると青に変わる瞬間芸術
 Indigo Dyeing makes life more Exciting !

 セミの大合唱が最終楽章となる頃、9月5日(日)、9名の老熟年男女(1名を除き元気な老齢男女)が西東京市柳沢公民館の工作室に集まった。午前9時スタート。12時までの濃密な3時間を楽しく過ごした。名付けて『 Enjoy! ひと足お先に藍染体験塾』を開催した。冒頭の写真は実は「洗濯物」を干している情景。染めたての藍染の木綿ハンカチを水洗いし、脱水後にハンガーに吊るして自然乾燥させているシーンなのである。
(写真は「青のカンバス」。2021年9月写真制作、サイズ≠縦2m×横3.5m。自然界の魔術、インディゴの奇跡)

 西東京紫草友の会の究極のミッションは「紫根染」である。しかし今、「藍染」の基盤確立への第一歩を踏み出した。これはどういうことか。染料植物の収穫の季節順にいえば夏場の藍が先、晩秋の紫草があと。この意味で「ひと足お先に藍染体験塾」というわけだ。染料植物のライフサイクルがたまたまズレただけに過ぎない。紫根染も藍染も「草木染め」である。紫草友の会の活動領域を企業活動にあてはめれば、これは「経営の多角化」ともいえる運営スタイルだともいえよう。難易度からすれば「紫根染」のほうがはるかにレベルが高い。

 紫根染も藍染も共に人類が発見した染色原理の歴史がある。ここで確認せねばならない点は、当会がめざす染色は「幻の古代染」ではなく、現代の科学(化学)が生み出した技術と薬品を活用する染め方であることだ。「藍染体験塾」は古来のすくもづくりや、これを活用した膨大な手間のかかる染色技法は選ばない。要はできないのである。こうした意味から当会の藍染はいわば「コンビニ藍染」だと揶揄されても反駁しない。むしろ誰でもが身近に手軽に実践でき、余暇時間を有効に活用するホビークラフト感覚に近い楽しい「染色価値創造」の活動をめざしている。

 

藍染め

「藍の透視術」
 染液(60℃)の鍋から絹ストールを取り出す。空気に触れた瞬間の「羽衣」グラデーション

 

 当会が手掛ける藍染は「化学建て」であり、「発酵建て」ではない。つまりソーダ灰(水酸化ナトリウム)と還元剤ハイドロサルファイトナトリウム(通称:ハイドロ)を用いる。アルカリ性水溶液の中で浮遊していた「青の色素インディゴ」は、還元が起こると「水溶性のロイコ体」に変化し、黄色の溶液(染液)となる。ロイコ体は、中性や酸性ではプロトン化(イオン分子反応)が起こり、不溶性のインディゴホワイトとなって沈殿する。繊維に浸み込んだロイコ体(2種の化学種の間を変化できる染料)は繊維内部で空気酸化によって、元のインディゴに戻る。このような一連の化学反応によって、染液から取り出す時に布地が空気に触れ「青の革命」が起こるのである。

 空気に触れると青に変わる瞬間芸術を目の当たりにした老齢男女たちは一斉に「あっ凄い!」と感動の歓声をあげた。彼と彼女らはその瞬間、きっと「青春時代」に帰ったのであろう。「藍染体験塾」を通じて藍染の醍醐味を初体験する機会は、瑞々しい感性と自由な創造性と楽しい遊び心を与えたのだった。……だから、輪ゴムで縛っただけの絞り染めの木綿ハンカチや絹ストールの藍染作品のデザインがどれほど稚拙であっても今は一向に構わない。楽しく溌剌とした自由な遊び時間こそが「幸せの木綿のハンカチ」だったのである。次の機会には「藍の生葉染め」にチャレンジしてみたい。これなどは「夏休み親子の藍染体験塾」にピッタリであろう。

 

藍染の作業プロセス・ダイジェスト

 

藍染め

 

 前提条件:藍の生葉を摘み取り、カサカサになるまで天日干しした乾燥葉を事前に用意する。乾燥葉100gを湯2.5ℓで10分煮出して不純物除去後、煮出し液は廃棄し、漉した葉を再利用。一番染液は60℃の湯2.5ℓに、ソーダ灰・ハイドロ剤15gずつ入れて、15分煮出す。これを2回。

 

 

 藍染の作業工程にはいくつかの留意点がある。まず最初に、乾燥葉の不純物をしっかり取り除いた煮出し液を棄てること。次に、1番染液と2番染液を合わせて煮る際に発生する「藍の花」と呼ばれる泡を取り除くこと。そして、あらかじめ布を湿らせ、染液の鍋の中で入れ60℃の状態をキープしながら染液面からはみ出さないようにゆっくりと布を揺らし動かすことが大事である。最後に染めた絹・木綿・麻などの布をよく水洗いをしてから干すことが肝腎。その理由は布に付着した葉緑素を洗い落とし、藍染の「青み」の発色をよくするためである。このように作業工程管理をきっちり行い、待機時間も含めるとあっという間に3時間が過ぎてしまう。実に濃密で忙しく、だからこそ様々な連想が泡だつ忘我夢中のひと時でもある。終わってみれば、まさしくふくよかな幸福感に浸れるであろう。嗚呼、藍染の夢の世界はどこまでも青い。

 

武蔵野の紫草、下保谷の藍の地域ブランド戦略

藍と紫草

 

 八代将軍徳川吉宗はさまざまな施政を行ったことで、歴代将軍の中でも際立って名高い。「徳川宗家以外からはじめて将軍になったとき、社会は低成長期にあり、政治の停滞、財政悪化、災害・疫病の発生など厳しい局面を迎えていた。その状況を打開するため、吉宗は、二九年にわたり強力なリーダーシップを発揮し、国家と社会の大規模な改造=享保改革を断行した。」(『徳川吉宗 日本社会の文明化を進めた将軍』大石 学著/2012年/山川出版社)

 吉宗は財政打開のため、享保7年(1722)に新田開発を発令したが、計画は首尾よくいかなかった。年貢収入の増大を補完するために、稲作の出来ない畑地における「換金作物」の栽培を督励した。武州の村々においても小麦・蔬菜・藍・茜草・茶・果実などをはじめ、紫草の栽培も奨励したのである。「赤み」がかった京紫に対する「青み」がかった江戸紫の高値売買がなされるといった追い風を受け、価格インセンティブの高い紫草栽培は、現埼玉県比企郡や現武蔵野市・三鷹市・国分寺市・調布市界隈で盛んになり、商業経済と粋の流行文化の一層の発展に繋がっていった。

 現西東京市施政地域の郷土史料には、残念ながら紫草栽培の記録は見当たらないが、『廻田村小町家 御用御触扣帳』(寛政十三年)には茜草の栽培の記述が残っている。廻田村まわりだむらは現東村山市である。すると西武両線沿線地帯のどこかで、江戸時代の紫草史料がひょっとしたら出て来るかも知れない。でもこれは幻。下保谷には藍染の伝統が残っており、実際にすくもをつくっていた。藍玉の生産高や売買取引記録などが『髙橋孝家文書』の中に保存されている。このような地域の歴史文化の中で、紫草も藍も武蔵野と下保谷地域を代表するブランドだった。

 歌舞伎十八番の『助六由縁江戸桜』の上演は吉宗の死後の出来事だが、左の額に結んだ紫根染の鉢巻きの伊達男ぶりが流行った。元来、高貴な色として崇められてきた「禁色」の紫色を庶民に開放するきっかけをつくったのは、暴れん坊将軍じゃなく、天下の八代将軍徳川吉宗だった。鷹狩を復活させ、飛鳥山や隅田川沿岸に桜の植樹を命じたのも吉宗だった。庶民の憧れの流行ファッションの典型は花街と歌舞伎の二つに代表され、花魁や歌舞伎役者の衣裳と柄と色使いが好まれたのである。それらをビジュアルに表現した浮世絵は当時の世相をリードして行った。その美意識は現代のインスタ映えブームの元祖といえるかも知れない。

 この章の締め括りに、西東京紫草友の会の「テーマカラー」の話を語りたい。シンボルマークは紫色と藍色を用いている。それらを下地に会員同士の「和=輪」をアレンジし、色彩を反転したマークで正式名称をはさみ語頭と語尾にレイアウトしている。以下、示す。

マーク

 

生物多様性の維持、子どもたちの遊び心と想像力を育む「植育」を

 生物多様性を維持することをひと口で定義づけるのは難しい。生物は常に生き死にの瀬戸際で生きている。動植物は生物多様性の目に見える具象的存在であろう。パンダの双子の成長ぶりがTVニュースでよく紹介される。パンダは哺乳類の大きな陸上動物なのだが、その寿命は野生の場合はおよそ20年ぐらい。人間の約5分の1の時間しか生きられない。パンダの世代交替は人間よりもずっと早い。身近な動物の場合はどうか。たとえば夏の申し子のセミは昔から「1週間程度」といわれるけれど、これは「俗説」。最近の研究によれば、短くて約2週間、長くて1ヶ月というレポートもある。勿論、この生存日数には地下生活時間は含まれていない。

 第4回目の連載で紹介した西東京市の碧山森(「碧山森緑地保全地域」)は混生林の植物交替が長いスパンで観察できる。このスパンは約20~50年。中には100年巨木なんぞもあるので、大きな森はまるで永遠に不死の存在に見える。が、動物も植物も必ず死ぬ。死ぬから生存中に子孫を残す「本能」がある。このような長い植物交替に対して、草叢の植物交替ははるかに短く、せいぜい1~2年。しかも個々の草花の開花期がズレているので、庭のあちこちに数週間~数ヶ月ピッチでの「部分的な植物交替」もある。だから人間は年齢の数だけ植物交替を何回も観察できる。住宅の庭も放置すれば草叢はおろか雑草が茫々と生え、園芸種中心の小綺麗な庭も想像を絶する雑草ジャングルと化す。生物多様性維持の観点からは、雑草の品種が豊富になるぶんだけ地上も土中も「豊か」なはずだが、見た目の良くない雑草天国は同時にゴミ捨て場となりやすい。そうなる前に草叢を季節ごとに手入れし、子どもたちの遊び場・学び場として機能させたいと願う。

 これからが秋闌。この季節に自宅の庭で鳴く虫の声を聴くのも風流でいい。蓋し、草叢は自然の移ろいを感じさせてくれる身近なものである。お金のかかる園芸種で着飾った誰かさんのように「お庭」自慢なんかせず、ごく当たり前の街なかの道端の「花も咲く緑空間」、「虫たちが蠢き棲息する楽園」でもあるような、春夏秋冬の景色を楽しめる「原っぱガーデン」をお勧めしたい。

 エコキヤンプには「原っぱガーデン」がある。原っぱそれ自体がガーデン(庭)という意味ではない。「原っぱ+ガーデン」でもなく、コンセプトは「原っぱ×ガーデン」なのである。原っぱだから何でも踏んでもいいわけじゃない。踏んでも構わないのは、草叢を踏んだり刈り取ったりして「できた道」に限定したい。草叢の生き物が多様であればあるほど豊かな自然だというべきだろう。草叢の植物交替は被子植物の生きる戦略であり、テリトリー戦争であり、植物と昆虫が演じる、フランスの哲学者G・バタイユばりの絵露血死図夢的なドラマもある。ひと昔流行ったあまりにも人間臭い俗艶歌「花と蝶」の歌詞など想いださずとも、草叢には動植物の性愛の生死がある。そのドラマが目の前で観察できる。時には虫の目で草叢の様子を観察しましょうか。

 ここからは、「劇中劇」ならぬ「連載中連載」として、原っぱガーデンが見せてくれる風景を何回かに分けお届けしよう。季節はバラバラ、植物分類なしだがご勘弁願いたい。

 

虫

 

 以上のような「連載中連載」を積み重ね、やがては「エコキヤンプ生き物カレンダー」や「草叢フォト最前線だより」を編集制作し、親しい友人や懐かしい人たちをはじめ「未来の人びと」へ葉書をお送りしたいとおもうのである。西東京紫草友の会は虚栄を廃し、現地現物主義を貫き、紫根栽培と紫根染にあたっては、どこまでも「愚直に・実直に・率直に」の姿勢を続ける方針である。
 連載6回目は「紫草の保存活動の多様な展開をめざして」と題してお届けいたします。〈了〉

 

蝋山哲夫
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