老舗物語 第2回
2つの東京オリンピックつなぎ半世紀 「落ち着く」喫茶店 フジカフェが閉店へ
西東京市周辺の老舗企業・店舗の歩みを紹介する「老舗物語」。西東京市で老舗といえば、田無駅近くのフジカフェ(西東京市田無町)も真っ先に名前が挙がる。半世紀以上の歴史を誇る昭和レトロの喫茶店だが、「老舗物語」が7月末にスタートした直後、フジカフェが8月28日で閉店――とのニュースが飛び込んできた。長年、近隣住民をはじめ多くのファンに愛された同店の閉店を惜しみ、感謝の思いを込めて伊藤信行社長に緊急インタビューした。
東伏見で開店、五輪聖火最終ランナーも常連
「最初の東京オリンピックで始まって、2度目の東京オリンピックで終わるんだなという感慨ですね」
店の一角で、自慢のコーヒーをいただきながらのインタビューで、伊藤社長は淡々と店の歴史を振り返った。
1964(昭和39)年9月、東京オリンピック開幕目前に東伏見駅南口近くにあった伊藤さんの実家の軒先で、わずか8坪の「SNACK&COFFEE Fuji」がオープンした。今にもつながる店名の「Fuji」は伊藤さんの「藤」や、「大きな企業にフジがつく名前が多い」ことにもちなんだ。
当時、21歳の伊藤さんは、「高校を途中でやめた後、新宿の喫茶店でバイトをしていました。オリンピックで景気が良くなって、飲食業もいいんじゃないか、東伏見にこういう店はなかったので流行るんじゃないかと」。さっそく近くにあった早稲田大学の学生たちがお客に。東京オリンピックで開会式の聖火最終ランナーになった陸上部の坂井義則さんも最初の常連客で、その後サッカーの釜本邦茂さんらも通ったという。
実は、伊藤さんは車のレーサーを目指し、スポーツカーを買うため寝る間も惜しんで働いていたが、車は買わず、そのお金が開店資金になった。レーサー修業は開店後も続け、1970年のJAFグランプリレース大会 グランドツーリングカーと、全日本ストッカー富士300キロレース 全日本選手権スポーツカーで1位となり、頂点を極める。
「ヨシムラというレーシングチームに所属し、店の売り上げをつぎ込んでやっていました(笑)。レースで日本一になったので、今度はコーヒー店で日本一を目指そうと思いました」
アメリカンテイストと名物・焼きサンド
高度成長からやがてバブルへと連なる時代、田無駅北口再開発計画も視野に74年、田無駅北口に移転(当時は現在とは別の場所で営業)したほか、西武新宿線沿線などで計13店舗を展開した。
「バブルで銀行がどんどんお金を貸してくれて広げましたが、経営の勉強をしたわけでもなく、無鉄砲、若気の至りで次々に潰して、残ったのは田無の1店だけでした」
田無小学校に近い現在の場所に移ったのは95年。28坪、60席の店内はアメリカンテイスト。BGMには1950~60年代のヒットポップスなどが流れ、ジャズのアート・ブレーキーやキャノンボール・アダレイの絵、マリリン・モンローの「お熱いのがお好き」や、ジェームズ・ディーンの「ジャイアンツ」などの映画ポスターなどが今も飾られている。
「若いころからアメリカに憧れていてね。音楽もプレスリーなどのロック、モダンジャズが大好きで、音楽は有線や自分で編集したもの。店内にある絵はジャズ仲間の絵描きが描いてくれました」と伊藤さん。田無店を出した後、欧米に視察に行き、日本ではまだ珍しかった飲み物のおかわり自由を取り入れたり、日本でも別の店で食べた焼きサンドの味に魅せられ、東京・河童橋の道具街で調理器具を見つけるとすぐにメニューに加えたり。
焼きサンドはハムチーズエッグ、ツナ、ポテト、チキンカレー、ハンバーグのいずれかを選ぶ。「焼きサンドを目当てにくるお客さんは多く、1日100食くらいは出ましたね」。その焼きサンドか厚切りトーストとスープかサラダ、ゆで卵にコーヒーが付く「モーニング」(680円)は朝だけでなく終日提供され、それも同店の人気を支えた。
自家焙煎のコーヒーも伊藤さんの自慢。ブルーマウンテン、ブラジル、コロンビア、グァテマラ、モカ、キリマンジャロ、マンデリン。「毎日焙煎し、新鮮でおいしいと言ってもらっています」。ちなみに、東伏見でオープンしたとき、ブレンドコーヒー70円、今は430円だ。
テレビ、SNSで人気も閉店決断
そうしたメニューに加え、「落ち着く、居心地がいい」というのもフジカフェの魅力。「日本人は隅っこに座るのが落ち着く」とテーブルは必ず壁に接した形で配置、また、意外だが、「常連さんとも必要以上に会話をしない。店の人が特定のお客さんとペチャクチャやっていたら、他のお客さんは不快じゃないかと思い、意識的にそうしてきました」といった配慮も、落ち着ける雰囲気にもつながっている。
「気持ちはいつも日本一の喫茶店で、実際にコーヒーがおいしいなどといわれ、やりがいを感じてやってきました。年配のお客さんも多いですが、最近は僕が好きな音楽とコーヒーの雰囲気を楽しんでくれる若者も来るようになっていました」
テレビの情報番組で紹介されることも多く、近年は若いスタッフが発信するツイッターなどを中心にSNS上でも人気に。近隣住民ら親子2代、3代にわたって利用するお客も多い。当初の田無駅北口再開発では推進団体の役員、その後、地元青年会議所(JC)にも参加し、2000年の田無・保谷両市合併の際など地域の発展に貢献してきた。
だが、新型コロナウイルスの感染拡大でお客さんが激減。とくに第七波の影響は大きく、「2人、3人連れのお客さんはほとんどいなくなりました」。さらにコーヒー豆など原材料費の値上げも追い打ちをかけ、ついに閉店を決意した。
「店に入ると、お客さんがワッといて。それが気持ちいいし、僕が作った店でこんなに楽しんでくれているというのが喜びでした。7~8年前に『めざましテレビ』に出たとき、次の東京オリンピックまではやると言いましたが、まさに東京オリンピックに始まり、東京オリンピックで終わったんだなと思います。今の気持ちは寂しいのと、58年やって、すっきりしたのと半々ですね」
店は長く正月3が日以外は無休。伊藤さんは月に1、2回の休みには、好きなドライブで富士山を一周していたが、「店を一日離れると落ち着かなかったのに、9月からどうなるか心配です(笑)」
最終日となる8月28日はセレモニーなどもなく、長い歴史の幕を静かに下ろす。
【関連情報】
・JAFグランプリレース大会 グランドツーリングカー (1) リザルト(JAF)
・全日本ストッカー富士300キロレース 全日本選手権スポーツカー (1) リザルト(JAF)
・フジカフェ (田無)の中の人(twitter)
(写真はすべてnorthisland@撮影)
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