雅楽器・篳篥用のヨシ再生に挑む 大阪・淀川沿いで2年目のつる草抜き 陣頭に立つ西東京市の鈴木治夫さん

投稿者: カテゴリー: 文化 オン 2023年4月19日

 大阪・淀川沿いに広がる河原は、雅楽器の篳篥(ひちりき)に欠かせない良質のヨシの産地でした。ところが近年の環境悪化で全滅の危機を迎え、各地からボランティアが集まって昨年、ヨシの生育を妨げていたつる草抜きが実施されました。今年は2年目。西東京市在住で、雅楽器・鳳笙の製作に長年携わってきた鈴木治夫さん(77)の報告です。(編集部)

 

鈴木治夫さん

今年3月、つる草抜きの2年目が始まった。前列左から3人目が鈴木さん(3月28日)

 

雅楽は日本最古の芸能

 

 雅楽は、飛鳥時代、奈良時代に日本に伝来し、平安時代に集大成し現在に伝えられ、世界で一番古いオーケストラとも言われています。宮内庁の雅楽は1955年に国の重要無形文化財に指定され、2009年にユネスコ無形文化遺産にも登録されました。また大阪・四天王寺の聖霊会の舞楽は1976年に、奈良の春日大社若宮おん祭の神事芸能は1979年に、それぞれ国の重要無形民俗文化財に指定されました。

 そのほか、雅楽は多くの神社やお寺で演奏されるほか、演奏会場でも古典の雅楽だけでなく、新しく作曲された雅楽曲も演奏される機会が増えました。

 

明治神宮での雅楽

明治神宮での雅楽(筆者撮影)

 

 雅楽は世界に誇りうる日本の伝統芸能であり、後発のすべての芸能に少なからず影響を与えた日本最古の芸能です。

 

篳篥用のヨシが全滅-雅楽存続の危機

 

 雅楽の楽器の中で琵琶や筝などの弦楽器の他に、管楽器は3種類あり、その中の一つに篳篥(ひちりき)があります。吹奏楽器で旋律を吹く大事な楽器の一つです。この楽器の蘆舌(ろぜつ)と呼ばれるリード部分は、植物のヨシ(葭、葦)で作られます。蘆舌用のヨシは非常に特殊で、関西の淀川の河川敷、それも上牧・鵜殿ヨシ原一帯にしか生育していません。

 

篳篥と蘆舌

篳篥と蘆舌(手前)

 

「ヨシも質が悪くなってきている」という話は、40年前から聞いてはいました。そのため幾つかの改善策を講じ、行政とも連携してヨシ原再生に取り組んできました。代わりとなるヨシを琵琶湖や利根川・渡良瀬周辺で探しました。しかし上牧・鵜殿ヨシ原に見合うようなヨシを見つけられませんでした。

 そうこうしているうちに、コロナ禍の影響で「ヨシ原焼き」が出来なかったこともあり、一昨年の2021年には、カナムグラやヤブガラシなどのつる草が盛大に生い茂りました。このため大事なヨシが押し倒され、その年の秋に全滅に至りました。

 

つる草抜き

ヨシの上につる草などが覆いかぶさり、ヨシを押し倒す。つる草などを取り除くと倒れ掛かったヨシが苦しそうに腰を曲げている(2022年9月)

つる草抜き

つる草の下にはヨシが押しつぶされている。見えるのはつる草だけ。ヨシは下に隠されてしまって光合成が出来ないので、枯れてしまった(2022年9月)

 

 ヨシが採取できなくなるのですから、在庫が無くなれば篳篥の演奏ができなくなります。篳篥の音色が無くなれば、雅楽の演奏は成立しません。1400年間伝承されてきた雅楽が、この先百年千年と伝承していくことが出来なくなります。この事態は「雅楽の危機」とマスコミなどでも大きく取り上げられました。

 ヨシの全滅の原因は、ヨシ原をとりまく環境の変化、具体的には淀川の改修工事や乾燥化などが指摘されてきました。すでに50年以上前から「つる草などにより、いつかヨシ原が全滅するのではないか」という危惧の声も上がってました。そしてついに「コロナ禍」のために2年続けてヨシ原焼きが出来なくなり、篳篥用のヨシの全滅が現実のものとなってしまったのです。

 もちろんこれまでも、ヨシ再生のために、いろいろな取り組みが行われてきました。しかし結果としては上手くいかなかったのです。

 

篳篥用ヨシの再生 まずやってみよう

 

 ではどうすればヨシを再生できるのか。その方策を探るべく、これまでヨシ再生のために行われた対応策を再検討し、13本の動画に残しました。詳しく知りたい方は是非ご覧ください。
(注)篳篥の蘆舌 全滅の危機に 再生への道をさぐる(動画)(雅楽協議会

 調べていく中で出会ったのが、40年前に「つる草抜き」を行って効果があったとする報告書『自然観察会ニュース 鵜殿のヨシ原 特集号1』(1981年発行)でした。この冊子と出会って「もしかしたらヨシを再生できるかもしれない」という期待が膨らみました。しかしそこに立ちはだかるものはとても大きいと感じます。誰に聞いても「無謀」「できるわけがない」という反応ばかりでした。「東京にいたままで関西の人たちは集まってくれるのか」「お金はどうするのか」などなど、不安が募るばかりでした。しかし、やらないということは「一千年以上伝承されてきた雅楽は私たちの代で途絶える」ことを意味しています。

 「やってみよう。共感してくれる人は必ずいるはず。もし共感する人がいなければ、雅楽の伝承は途絶える。栄枯盛衰でそれも仕方あるまい」と覚悟を決めたのですが、簡単に腹が据わるわけではありません。眠れない日が続きました。

 無謀と分かりながら。篳篥用ヨシの再生を目指し、まず「ヨシ原焼き」の署名を呼びかけました。短い期間に一万四千筆の署名が集まりました。地元の方々も「今年は何としてもヨシ原焼きを実施ししょう」と予備日を3日に増やし計4日の「ヨシ原焼き」の日程を組まれ、最初の予定日2月13日に実施されました。

 

「つる草抜き」に起ち上がる

 

 「つる草抜き」の準備では、「人とお金が集まるか」が問題でした。結果は予想以上に、人もお金も集まりました。驚くほどです。初日の「東儀秀樹ミニコンサート」は、東儀さんのボランティアでの出演で開いたところ、本澄寺の会場には入りきれず、庭で演奏するほどになりました。

 

東儀秀樹ミニコンサート

昨年開いた「東儀秀樹ミニコンサート」は本澄寺の庭が会場になった(2022年4月10日)

 

 「つる草抜き」は昨年(2022年)4月から9月の44日間に、延べ1246人(そのうち4月10日が400人)のボランテイアとアルバイトの方々に参加いただき、ヨシにからまり付くカナムグラやヤブガラシなどの雑草を除去しました。

 

つる草抜き

つる草抜き(2022年5月)

 

 つる草を抜いた面積は、川に沿って180m×堤防側へ24mの約4300㎡です。上牧・鵜殿のヨシ原全体が75haなので、全体から見たら0.5%ほどの面積ですが、篳篥用の蘆舌のヨシの再生への第一歩を踏み出しました。

 

再生されたヨシ原(22年2022年11月4日)

 

珍しい植物や動物にも出会う

 

キツネノカミソリ

キツネノカミソリ

 「つる草抜き」を行う中でいろいろなことがありました。感動的だったのは、自然と人間との交わりがいかに大切かということを、直接に自然から学んだことではないでしょうか。

 「つる草抜きをしたから生えてきたのですね」という言葉は印象深い。その花はキツネノカミソリ。一部地域では絶滅危惧種になっていました。ほかにも万葉集に出てくるナンバンギゼル。またノウルシ、トネハナヤスリなどなど絶滅危惧種、準絶滅危惧種など、東京ではめぐり合うことはないだろう植物に出会いました。

 植物だけではありません。動物もです。

渡り鳥のオオヨシキリ

渡り鳥のオオヨシキリ

 オオヨシキリという鳥にも出会いました。ヨシの葉を切って巣を作るのでオオヨシキリと呼ばれている渡り鳥です。ヨシが生えていないと巣を作らないのです。

 神様とんぼとも呼ばれるハグロトンボも「つる草抜き」によって生まれてました。ツバメは、ヨシをねぐらにします。再生されたヨシ原を目指してツバメが帰ってきてくれました。

 

受賞を励みに

 

 千年以上の雅楽の歴史を変えてしまう危機を迎え、「何としても雅楽を後世に伝えたい」と願いで、昨年4月から「つる草抜き」に取り組みました。この活動が評価され「第2回SDGs岩佐賞 芸術の部」を今年の3月28日に受賞(賞金200万円)しました。

 

岩佐賞

「朝日新聞」朝刊全国版(3月28日付け)に掲載された紙面

岩佐賞

芸術の部で受賞した雅楽協議会(代表 鈴木治夫さん)

 

 岩佐教育文化財団の岩佐実次氏は「受賞された方々、おめでとうございます。みなさんが地道に、また、大変な努力を積み重ねながら活動を続けられてきたことに、深く感銘を受けています。この受賞と賞金が、活動をさらに前に進めていくのに役立つのであれば、大変うれしく思います。(中略)…この素晴らしい世の中と、この理不尽極まりない世の中を、共に生き抜きましよう」と呼びかけています。

 

2年目が始まった-ヨシ原焼きと東儀秀樹ミニコンサートから

 

 昨年は、地元高槻市などの協力もいただき、180m×24mという限られた範囲でしたが、つる草を抜くことが出来ました。初めての体験ばかりでしたが、その結果、ヨシ再生への第一歩を踏み出せました。

 しかし、昨年1年ですべての問題が解決したわけではありません。「つる草抜き」を怠れば再びつる草がヨシを覆い、押し倒して行きます。ヨシ原の保全には「つる草抜き」の継続が必要かつ重要になります。

 2023年の今年も「ヨシ原焼き」は3月12日(日)に実施されました。3月26日は「東儀秀樹ミニコンサート」が雨の中、昨年に続き開かれました。これから10月ごろまで、各地から集まるボランティアの方々らと一緒に、つる草抜きが続きます。

 

東儀秀樹ミニコンサート

2年目の東儀秀樹ミニコンサートは雨の中で開かれた(2022年3月26日)

 

 ヨシ原からの「つる草抜き」の情報などは『ヨシ原通信』で発信しています。是非『ヨシ原通信』を読んでいただければと思います。無料です。次の問合せ先メールへ申し込んでください。
(注)問合せ先メール gagakudayori@yahoo.co.jp

 

寄付を力に

 

 篳篥の蘆舌用のヨシが無くなれば雅楽が成立せず、その伝承が絶えてしまいます。ヨシの在庫のあるうちは続けられますが、10年も時が経てば在庫は底をつきます。今、この危機を乗り越える体制と改善策を実行しないと、取り返しのつかない事態になります。雅楽は歴史的な危機を迎えています。

 篳篥用のヨシを確保していくために、「つる草抜き」などの作業を欠かすことが出来ません。「つる草抜き」を実行していくために寄付をお願いする次第です。
(写真は筆者提供)

 【寄付 振込先】
☆[銀行]三井住友銀行 [支店名]田無支店 普通 [口座番号]4012320  [口座名]雅楽協議会 鈴木治夫
☆[郵便局] [口座番号]00140‐5‐614032 [加入者名]雅楽協議会

 

【関連情報】
・篳篥用ヨシの再生に向けて ヨシ対策室より(雅楽協議会
・『ヨシ原通信』 アーカイブ(雅楽協議会
・鈴木治夫(facebook

 

鈴木治夫さん

鈴木治夫さん

【筆者略歴】
 鈴木治夫(すずき・はるお)
 1946年1月、東京に生まれる。高校の時より龍笛を父に習い、20代より多忠完氏に弟子入りし鳳笙の製作を行う。日本雅楽会副理事長として国立劇場などでの演奏の他、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど15カ国で約50公演。2005年、全国の雅楽関係者による雅楽協議会を結成し、雅楽情報誌『雅楽だより』(季刊)を創刊、現在73号発行。2010年より東京藝術大学非常勤講師。著書に『雅楽の源流を求めて』『雅楽430サイクルの決定とその背景』『雅楽の装束メモ』など。
 1986年田無市(現西東京市)で「非核・平和をすすめる田無市民の会」を結成し事務局長となり、2001年より「非核・平和をすすめる西東京市民の会」と名称を変更。2021年、会長を山本恵司氏に引き継ぐ。

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