まちおもい帖 第50回 防災まち歩きをしてみて

投稿者: カテゴリー: 環境・災害連載・特集・企画 オン 2023年5月4日

 下宿コミュニティセンター(以下コミセン)では、3月12日(日)に、西東京レスキューバードさんの助けを得て、防災まち歩きを実施した。主催者として私も参加したので、今回は、その感想をまとめた。

 

 1.防災まち歩きのコース

 

 コースは、下宿コミセンが対象エリアとしている南町4丁目から6丁目にかけて、1時間強で歩けるコースとした。

 

ハザードマップ

図1 南町4丁目~6丁目にかけてのまち歩きのコース

 

 ①スタート(下宿コミセン)→②古い住宅街(旧中島飛行機の社宅)→③芝久保用水跡→④中村水車跡→⑤災害時協力農地掲示→⑥ニイクラファーム→⑦かさもり稲荷→⑧田無第一中学校(避難広場・避難所)→⑨府中道→⑩庚申湯→⑪ふじや酒店→⑫庚申橋→⑬向台運動場(向台調節池)→⑭フランスベッド→⑮早稲田学生寮→⑯目高工房江戸→⑰都立田無特別支援学校(福祉避難所)→⑱芝久保用水跡地の路地→⑲丸ポスト→⑳震災用井戸→㉑南口遊水池自転車駐輪場→㉒南町スポーツ・文化交流センター「きらっと」(一時避難所)→㉓田無公民館→①ゴール(下宿コミセン)

 今回のコースは、図の青い線が石神井川であり、石神井川の浸水域を中心に、災害時への対応や避難施設の確認をする。合わせて、現在の地形がいつ頃からそうなっているのかなど、古い地図と照らし合わせながら認識を新たにした。

 

 2.まちのいたるところに、消火器、防火水槽、消火栓が

 

 普段何気なく歩いているのに気付いていなかったのだが、まちの至るところに消火器が置かれている(図2)。消防署では、巡回して期限切れのないようにしている。一緒に歩いた西東京レスキューバードの方々は、まち歩きをしながら時には点検し、期限切れを見つけると消防署に知らせているとのこと。

 

消火器と防火水槽

図2 まちの至るところに置かれている消火器(左)、図3 公園にはたいがい防火水槽が(Max Valu隣の公園)(右)

 

 また、新しく出来た公園では、たいがい地下が防火水槽になっている(図3)。なお、今回の出発地点である下宿コミセンは、建物の地下が防火水槽になっている。道路には、いろいろなマンホールがあるが、そのうち黄色でマーキングされているのは、消火栓である(図4)。道路交通法で、消火栓から5メートル以内には、駐車してはいけないことになっている。

 

消火栓(黄色が目印)

図4 様々な消火栓(黄色が目印)

 

 木造密集地に住んでいる自分にとって、消火器、防火水槽、消火栓が至るところにあるのには、ほっとした。

 

 3.石神井川の氾濫防止策

 

 石神井川は、平時には、まるで水がない川だが、かつては、大雨が降るとしばしば氾濫する暴れ川であった。私が子供の頃には、南町4丁目の川に沿った住宅街は、しばしば浸水していた。1969年から、東京都は、石神井川の河川改修工事を始め、川幅を拡張し、川床を掘り下げ、護岸を整備してきた。また、遊水池が作られた。

 西東京市で、大きな被害が出なくなったのは、1980年代に入ってからという(石神井川の河川改修については、『ひばりタイムス』第414号 2023年4月20日「北多摩戦後クロニクル 第16回 1958年 石神井川の氾濫 都市化が招いた“暴れ川”の水害」)による。

 参加された中に、石神井川に沿った住宅街に家を構えておられるご夫婦がおられた。「引っ越しにあたって、市役所に氾濫したことは無いかと問い合わせたら、ありませんというので、購入したのだが、大雨が降るとハラハラしていた。でも、遊水池などの対策が出来ているようなので、少し安心した」と言われていた。

 

向台運動場

図5 車が止まっているところが遊水池(向台運動場)

 

 今回のまち歩きのコースでは、2つの遊水池を視察した。一つは、庚申橋近くの向台運動場(図5)。図6の青の矢印のように、大雨が降ると、堤防の運動場側に水を流す仕組みになっている。川の水位を計るメジャーも設置されている(図6)。ここには、高台に監視カメラがあり、WEBで誰でも、状況を把握できる。

 

図6 水位を計るメジャーと川の水が運動場側に流れる仕組み(左)、図7 監視カメラ(右)

 

 もう一つは、すすき橋近くにある田無駅南遊水池駐輪場(図8)。平時には、駐輪場として使われている。道路を隔てて真向いには、南町児童広場があるのだが、ここも遊水池を利用した広場だ(図9)

 

田無駅南遊水地駐輪場

図8 田無駅南遊水池駐輪場

南町児童広場

図9 南町児童広場

 

 現在は、先の監視カメラを見ても水はなく、問題ないように思えるものの、近年でも、何度か、向台運動場が使えなくなるほど水が溜まったこともある。西東京市のハザードマップでは、図1の濃い青色から水色辺りのエリアは、浸水の可能性があり、もっとも薄い水色でも1~2m未満(一階の天井辺り)となっている。都市化でコンクリート化が進み、大雨が降ると地面に吸い込まれずに川に流れ込む。近年の異常気象による集中豪雨により、予断は許されない。

 

 4.災害時協力農地、震災用井戸

 

 災害時協力農地というのがあるのをご存じだろうか。この近くでは、ハーブで有名なニイクラファームさんが災害時協力農地となっている(図10)。災害時にも潰れないであろうかなり頑丈な鉄骨で作られたビニールハウスが3棟建っており、災害時に避難できることになっている。実際には、ハーブが栽培されているので、本当に避難できるのかと心配だが、持ち主の新倉さんに言わせると、野菜が生えているので、そのまま食べられるから普通の避難所より良いとのこと。

 

災害時協力農地と頑丈な鉄骨のビニールハウス

図10 災害時協力農地の表示(上)と頑丈な鉄骨のビニールハウス(下)

 

 ここには、震災用井戸もある。従来の井戸よりも一段深い層から汲んでいる水で水質も良く、日常的にも使われているとのこと(図11)。非常用の発電機もあるので、電気が止まっても動かせるそうだ。震災用井戸の看板は、注意すると予想外に市内のあちこちで見かける。

 

震災用井戸

図11 震災用井戸:ニイクラファーム(左)、下宿住宅内(右)

 

 5.避難所

 

 今回のまち歩きのコースのなかで、避難所に指定されているところは、田無第一中学校、都立田無特別支援学校、南町スポーツ・文化交流センター「きらっと」の3つがある(図12)。田無一中は、「避難広場及び避難所」で、我々が普通にイメージする避難所である。特別支援学校は、「福祉避難所」と位置づけられている。これは、一旦避難所に集まった中で、身体の不自由な方などをこちらに移すことになっている。一方、きらっとは、「一時滞在施設」で、西東京市に勤務・就学している折などに災害に見舞われた人が一時滞在する場所である。

 西東京市では、令和3年(2021年)の地域防災計画で、「避難施設」から「避難所」へと呼び方を修正したとのことだが、看板は、まだ「施設」のままになっている(一時滞在施設は、そのまま)。また、田無一中の看板でおにぎりの絵が描かれており、ここに来れば食料が貰えそうに思えてしまうのではないかと懸念する声もあった。

 

田無一中

特別支援学校

きらっと

図12 上から田無一中、特別支援学校、きらっと

 

 6.古い住宅街には、高いブロック塀も

 

 まち歩きをすると、古い住宅街には、高いブロック塀が結構あるのに気付く(図13)。地震で倒壊すると、人が下敷きになり押しつぶされる危険がある。また、消防車や救急車などが通れなくなる可能性もある。西東京市では、ブロック塀の診断や建て替え・耐震改修には、助成金が出るようだが、小学校への通学路に限られているようだ。

 

図13 古い住宅街に多い高いブロック塀

 

 7.自分ごととして考えられるか

 

 このように、1時間強のまち歩きでも、日頃気付かなかったさまざまなことを改めて知ることができた。

 しかしながら、急な大雨や震災などで大きな被害が出た場合に、果たして上手く非難できるかどうかについては、心もとない。西東京レスキューバードさんが防災まち歩きをする場合は、2日間をかけて、東京都が作成している「東京マイ・タイムライン」を使って、台風が来た、大雨が長引いているといった場合に、自分たちがいつ頃、逃げる準備を始めるか、住んでいる場所の地形を考慮して逃げない場合には、家庭内にどのような備蓄が必要かなどを考えるワークショップを実施している。残念ながら、今回は、日程上、まち歩きだけで終わってしまい、自分ごととして考える時間を取れなかった。

 西東京市防災計画では、避難所合計の収容人数が3.8万人であり、20万人のわずか5%である。したがって、家屋が崩壊してどうしようもない場合を除き、基本自宅での避難生活にならざるを得ないだろう。また、西東京市の消防署員と消防団員を合わせても約400人であり、市民は20万人であるから、一人で500人という計算になる。公的機関が助けてくれると考えるには、無理があり、自助、共助が欠かせない。

 少なくとも、1週間分の食料やトイレの準備をしておくとか、日ごろからブロック塀を直して置くとか、自分でやれることは、やっておいた方が良いに越したことはない。また、近隣の人とのネットワークを作り、イザと言う時の共助の備えも必要だろう。どこかで大きな災害が起こると、町会・自治会など共助の大切さが認識されるものの、喉元過ぎると、町会・自治会は、面倒くさいと思われ弱体化する一方だ。大きな災害については、未経験ということもあり、なかなか、自分ごととして考えきれないのが実情だ。それでも、防災まち歩きをするとか、防災訓練を続けることは、頭の隅に何かが残り、イザと言う時に必ず役に立つにちがいない。

 

 

 

05FBこのみ【筆者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年、東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。退職、母の介護を経て、まちづくりに関わる。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2019年より、多世代交流・地域の居場所「どんぐり」オーナー。2020年にフェイスブック仲間と「西東京市カルタ」完成。2020年より下宿コミュニティセンター管理運営協議会代表。2022年度より下宿自治会会長。

 

 

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まちおもい帖 第50回 防災まち歩きをしてみて」への1件のフィードバック

  1. 秋馬正弘
    1

    編纂、ご苦労様です。
    西東京市は、津波は来ない、崖崩れや河川の決壊も無いと、災害に無関心になりがち。しかし、家屋や塀の倒壊や看板の落下に、火災発生のおそれがあります。ご近所の避難路の安全確認や防災災害設備の歩いての確認は必要です。出来たら、子供たちといっしょに!

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