震災時の生活用水に井戸水の利用を 「小平井戸の会」がNPO法人として再出発 各地域とのネットワークづくり目標に

投稿者: カテゴリー: 環境・災害 オン 2023年11月22日

 大規模災害時の生活用水を確保するため井戸の調査と普及を進めてきた小平市の市民団体「小平井戸の会」が11月からNPO法人として再出発した。現地調査を基に市内全域の「井戸マップ」を作成し、都内の全区市を対象に災害用井戸に関する施策調査を実施するなど、全国的にも極めてユニークな活動を展開してきた。今後、他市に比べて井戸整備が遅れている小平市に市有の災害用井戸設置を働きかけていくとともに、他の地域とのネットワークづくりを進めていく。

 

小平井戸の会

「小平井戸の会」による井戸調査

 

被災地で苦しんだトイレ問題

 

 阪神・淡路大震災で被災者が一番困ったのは生活用水の確保だった。断水で長期間トイレが使えなくなり、飲水やトイレ行きをがまんした多くの高齢者が心不全や脳梗塞で亡くなった。この時、生活用水の確保に大きく役立ったのが井戸の存在だった。井戸は地上の構造物と違って地震に強く、手押しポンプさえあれば停電でも水を汲み出せるうえ、貯水槽と違ってその量に制限がない。

 では自分たちが暮らす地域ではどうか。近い将来起こると予想される首都直下地震に備えて地元に残された井戸を調べようと、阪神・淡路大震災から20年後の2015年1月17日、代表の金子尚史たかしさん(80)が中心となって「小平井戸の会」を設立した。

 小平市は「震災対策用井戸」として所有者の了承を得た民間の井戸を防災マップに掲載している。しかし個人情報の保護を理由に詳しい所在地を公表していないため、見つけられない井戸もあり、いざという時、十分役に立たない。近隣の西東京市や国分寺市は井戸の所在地を市のホームページや市報で公開しており、西東京市は避難所や公園にも震災用井戸を設置し、人口比率で小平市の2倍ほどの井戸がある。

 井戸の会は2016年から嘉悦大学(小平市)の協力を得て、井戸を持つ民家や事業所を一軒一軒訪ね歩き、設置時期や使用状況、用途などの聞き取り調査を実施した。同時に新たな井戸の発見にも努め、その保全とともに震災時に近隣への井戸水供用を呼び掛けた。

 

小平井戸の会

農業用に使用している井戸の聞き取り調査

 

 所有者の半数は協力的だったが、「『そっとしておいて』と門前払いされたり、『なんの権限があって調査しているのか』とお叱りを受けたり、調査では気苦労も絶えなかった」と金子さん。3年をかけて「井戸台帳」を作成し、それを基に19年に「小平井戸マップ」を完成した。マップには20リットル入りポリタンクを持ち運べる距離として井戸から半径200メートルの円を描いた。

 マップを見ると、青梅街道や鈴木街道、東京街道など街道沿いに井戸が多くあることが分かる。一方で近くに井戸のない地域も多い。井戸の会はそうした「井戸の空白地帯」を解消するため、空白地帯にある避難所(小中学校)や公園に災害用井戸を設置するよう訴えてきた。

 

小平井戸の会

小平井戸マップ。青円は震災対策用井戸、赤円はそれ以外の個人所有の井戸の半径200メートル区域(2019年、小平井戸の会作成)

 

 小平市は貯水槽やプールにある備蓄水で非常時の飲料水・生活用水は間に合うとしているが、会の試算ではそれで賄えるのはせいぜい7日分。水道復旧に最低でも半月以上はかかるため到底足りない。

 マップ完成後も会では定期的に戸別訪問を続けて情報を更新してきた。会の地道な活動もあって、市指定の震災対策用井戸の登録数は2015年の80基から23年には117基に急増した。そのほか未登録の井戸も使用中が115基、故障や水枯れで停止中が40基を数えている。

 

公園や避難所に災害用井戸を

 

 2018年には東京都23区多摩26市の自治体を対象に災害用井戸に関するアンケート調査を実施した。その結果、公立公園や避難所などに公共の災害用井戸を持たない自治体は小平市を含めて1区9市と全体の2割にとどまった。

 各自治体が公共の井戸を持つのは、民間の井戸の絶対数が少ないからだ。しかも井戸所有者の高齢化や住居の建て替えによって民間の井戸は年々減っている。さらに震災時とはいえ、個人の所有物である井戸を一般に開放することは難しいという理由がある。

 災害対策に井戸を積極的に活用する自治体は多く、例えば国分寺市は公園など24カ所(うち2基は民間所有)に手押しポンプの井戸を設置して市民に開放している。江戸川区は5年をかけて区内の全ての避難所に井戸を設置し、世田谷区は公共・民間合わせて1400基を超す災害用井戸を持つ。デジタル化を進める杉並区ではサイト上の防災マップで自宅から最寄りの井戸までの経路が検索できる。井戸の会は23年度内に2回目のアンケート調査を実施して、小平市に井戸所在地の公開や市保有の井戸設置を求めていく。

 

震災用井戸

近隣7市の災害用井戸の比較(2018年、小平井戸の会作成)。PFAS汚染のこともあり、現在、近隣市では井戸の用途を生活用に限定している

 

 井戸の会の行政への働きかけは少しずつ実を結んでいる。例えば調査の過程で「自宅の井戸を開放すると、知らない人が勝手に使わないか」などと不安を訴える声が数多く聞かれた。また小平市は震災対策用井戸の用途を飲用としていたため登録数に限界があった。このため井戸の会は井戸の使用ルール制定と、登録要件を飲用から生活用に変更するよう市と議会に求め、いずれの要望も2021年に実現した。

 一方、小平市立中央公園に残された枯れ井戸の修理と利用を求める請願書を2061人の署名とともに市議会に提出し、17年3月の本会議において賛成多数で採択されたが、現在も実現していない。

 

井戸の仲間づくりを多摩地域から

 

 啓発活動にも力を入れている。2021年には災害時の水対策や井戸の現状、会の調査結果をまとめた冊子「災害を生き抜く 身近にある水源 災害に有効な井戸」を市の補助金を得て500部発行した。近く最新データを盛り込み、内容を増補した改訂版を企業の助成金で発行する。専門家も寄稿する会報紙「小平井戸の会News」は既に200号を超え、来年秋には総集編の第2集を発行する。井戸を持つ家々を訪ねてその暮らしや思いを聞き取った冊子「小平市の井戸のある風景」も3冊シリーズで出したいという。

 加えて学習会や出前講座、見学会の開催、井戸の設置や修復工事の仲介など多角的に活動を展開している。現在、会員は賛助会員・法人会員を含めて51人。うち市議、元市議、都議、国会議員が12人と政治家が多いのもこの会の特徴だ。このほかにサポーターとして約200人が会報紙の読者となっている。

 

震災用井戸

「東久留米市市民大学」で井戸の有用性を訴える金子さん(11月22日、東久留米市立生涯学習センター)

 

 最近、井戸の普及活動に逆風になりかねない問題が浮上した。PFAS汚染、すなわち多摩地域の地下水から発がん性の疑いがある有機フッ素化合物(PFAS)が高濃度で検出され、東京都が多摩地域の一部井戸の利用を中止したのだ。金子さんのもとにも「畑に井戸水をまいても大丈夫か」などの問い合わせが相次ぎ、井戸の修理を断念した所有者もいた。「井戸水は今、飲むためではなく農業や災害時の生活用。それでも飲みたい場合は浄水カートリッジで80%以上除去できる。PFASを過剰に恐れることなく、正しく恐れてほしい」と金子さんは話す。

 6年前からの懸案だった会のNPO法人化は、2023年11月にすべての手続きを終えた。「市の許可を得て公園への井戸設置をクラウドファンディングで実現する、市が担っている震災対策用井戸の管理業務を受託する、観光協会や商工会と連携する―などなどアイデアはいっぱいある。最も力を入れたいのは仲間づくり。ほかの地域にも井戸の組織を作って連盟を組んでいきたい。まず多摩地域から始めて全国組織にするのが夢です」

 一番の課題は会を継続していくための後継者問題。「井戸の関心のある方は会まで連絡を頂きたい」という。連絡先は下記ホームページに掲載している。
(片岡義博)

 

【関連情報】
・冊子「災害を生き抜く 身近にある水源 災害に有効な井戸」(小平井戸の会)
・小平井戸の会(HP
・震災対策用井戸(小平市
・PFAS問題を正しく恐れる(ひばりタイムス

 

片岡義博
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