PFAS問題を正しく恐れる 多摩地区の水源井戸はなぜ汚染されたか  「小平井戸の会」代表の金子尚史さん

投稿者: カテゴリー: 環境・災害 オン 2023年9月21日

 多摩地域の地下水から発がん性の疑いがある有機フッ素化合物(PFAS=ピーファス)が高濃度で検出され、市民の不安が広がっています。東京都は多摩地域の一部井戸の利用を中止し、独自の対策に乗り出す自治体も出ています。そもそもPFASはなぜ多摩地区の水源となる井戸に混入したのでしょうか。災害対策として井戸の調査・普及に努めてきた市民団体「小平井戸の会」代表の金子尚史さん(80)の寄稿を掲載します。(編集部)

 

金子尚史さん

小平市内の井戸の使用状況を調べる金子さん(右)

 

  汚染の影響を直に受ける家庭井戸

 

 私の好きな村上春樹の小説『1973年のピンボール』にこんな一節があります。「僕は井戸が好きだ。(中略) 小石が深い井戸の水面を打つ音ほど心の安まるものはない」。そんな人の心を安める井戸も、最近ではPFAS汚染で、人々を不安にさせる存在になってしまいました。

 ただでさえ少なくなってきた井戸ですが、この問題が人々の井戸離れに拍車をかけないか、とても心配しています。かく言う私は、10年ほど前から小平市で防災のために市内に残された井戸の保存とその有用性の啓発に取り組んでいる一人です。井戸について少なからず知識を持つ者として、今問題になっている水道水の水源井戸のPFAS汚染について考えてみたいと思います。

 報道などによると、井戸の汚染源は米軍横田基地から漏出した泡消火剤と言われています。この中に発がんや心疾患のリスクとなるPFASが含まれていました。火付け役は元朝日新聞記者の諸永裕司氏です。昨年出版された氏の著書『消された水汚染』(平凡社新書)には、汚染の実態とそれを隠そうとする行政の姿、事実の究明を阻む日米地位協定の壁が赤裸々に描かれています。

 汚染の実態についてはメディアで十分報じられていますので、ここではこれ以上触れません。とは言え、泡消火剤がなぜ多摩地区の水源井戸に滲入したか、その理由を書いた記事は今のところどこにも見当たりません。そこで、この辺りを深堀りしてみたいと思います。

 多摩地区の水道水は東村山浄水場で作られています。ここの原水(浄水処理を行う前の水)の80%は、遠く離れた利根川と荒川の水で、残り20%は羽村市にある小作堰や羽村堰で取水された多摩川の水です。これらの河川水にPFASが含まれているとの報告はありません。各地区の給水所では、浄水場から送られてきた水に地元の井戸水をブレンドして家庭に供給しています。その割合は施設によって異なりますが、概ね20%前後です。

 ブレンドする理由は市民においしい水を提供するためです。給水所の水源井戸は家庭にある「浅井戸」と違い、深さ200~350mもある文字通りの「深井戸」です。深井戸は学術的には「被圧地下水」を汲み上げる井戸のことです(図-1)。上部を覆っている粘土やシルト(沈泥)の難透水層が蓋の役割を果たし、地上の汚染を食い止めています。これに対し家庭の井戸は、上部に難帯水層のない「不圧地下水」を汲み上げるため、地上の汚染の影響をもろに受けてしまいます。

 多摩地区の水道水にPFASが混入するには、深井戸から汲み上げる被圧地下水にまでPFASが達しなければなりませんが、それはどういう事態によって起こりうるのでしょうか。

 

地下水のモデル図

(図-1)浅井戸と深井戸の地下水モデル図

 

  原因は井戸の施工不良と経年劣化か

 

 ここからは守田優著『地下水は語る-見えない資源の危機』(岩波新書)を引用しながら説明します。地下には横方向に流れる自然界の「水みち」があります。「水みち」と言っても川のようにサラサラ流れているわけではありません。砂礫層の中をせいぜい1日1メートルほどの遅い流れです。

 多摩地区では地形の標高差に沿ってほぼ西から東の方向に流れています。横田基地から東に位置する地域が広範囲に汚染されたのもこのためです。不圧地下水と被圧地下水はもともと別の地層を流れていますが、時として交わりあう現象が起こります。一つは被圧地下水の過剰汲み上げにより難透水層が壊れた時、もう一つは井戸の構造に起因してできる縦方向の人工的な「水みち」の出現です。それを以下に示しましょう。

 

深井戸の汚染経路図

(図-2)深井戸の構造と汚染経路図

 

 (図-2)は前出書に掲載されている「深井戸の構造と汚染経路図」を参考に描いた図です。図中で赤線が縦方向の「水みち」です。深井戸の施工では、掘削孔とケーシング(鋼管)の隙間に砂利を充填します。上部の不圧地下水が下部の被圧地下水に流れ落ちるのを防ぐため、境目から上の部分に粘土を充填します。この施工が不十分で空隙が生じたとき(図左側)、上部の水が下部へ流下します(赤線)。1983年に三鷹市のプリント板工場から基準値を超えるトリクロロエチレン廃液が深井戸に浸入した例はまさにこれが原因でした。三鷹市はあらためて遮水工事を施し(図右側)、問題を解決しました。

 深井戸の汚染の原因はこれだけではありません。その一つが井戸の経年劣化です。以前のケーシングは炭素鋼で作られ、耐用年数は10年とされていました(現在はステンレス製)。炭素鋼は長年使用すると管の腐食が進み、不圧地下水が管内へ漏れ出すことがあります。そんなこともあり現在多摩地区のいくつかの給水所では井戸水の取水を一時停止しています。

 

  家庭でできるPFAS除去

 

 それでは水源井戸のPFAS検査の実態はどうなっているのでしょう。水道法第4条に基づく「水質基準」では、「水質検査項目」として51項目が定められています。この中にPFASは含まれていません。令和2(2020)年4月にPFASが「要検討項目」から「水質管理目標設定項目」に格上げされました。そこでは暫定目標値として50ng/Lが設定されました(ng/Lとは水1リットルあたり10億分の1グラムの物質が溶解していることを表します)。参考までに米国は70ng/Lです。水道局では定期的に検査を行い、暫定目標値を超過した場合は、PFAS濃度の高い水源井戸の揚水を停止する等の対応をとっています(東京都水道局ホームページから引用)。

 PFASの除去は活性炭による濾過が有効です。武蔵野市では小中学校の防災井戸でPFAS検査を行い、除去するために浄水器の設置の方針が示されました。家庭でも市販の活性炭浄水器で80%以上のPFASが除去できます。

 現在日本ではストックホルム条約に基づいてPFASを含む製品の製造・輸入が原則禁止となっています。皆さまにおかれてはPFAS汚染を過剰に恐れることなく、正しく恐れて頂きたいと思います。最後にPFAS問題が「小平井戸の会」の活動の逆風にならないことを願うばかりです。

 

【参考情報】
・小平井戸の会(HP
・多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会(HP
・諸永裕司著『消された水汚染-「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角?』(平凡社新書)
・守田優著『地下水は語る-見えない資源の危機』(岩波新書)(Amazon
・水が危ない?  PFAS(有機フッ素化合物)汚染入門(「書物でめぐる武蔵野」第30回
・PFAS続報と武蔵野線(「書物でめぐる武蔵野」第31回

 

【筆者略歴】
金子尚史さん 金子尚史(かねこ・たかし)
 1943年7月、北海道生まれ。小平市在住。現役時代、米国3M社の合弁会社で、生産管理技術者として基地に納める泡消火剤の管理に関わったこともあり、PFAS問題では何かの因縁を感じている。退職後、長らく自治会長を務めながら、2015年に市民団体「小平井戸の会」を設立。大規模災害に備えて市民の生活用水確保のために井戸の現地調査を続け、小平市内全域の「井戸マップ」を作成。2021年、調査結果や提言をまとめた冊子「身近にある水源 災害に有効な井戸」を発行した。今秋、東京都23区・多摩26市の自治体を対象に、2回目の災害用井戸に係わる施策調査を実施する予定。現在、東京都にNPO法人化申請中。

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