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巣立ちの言葉と合唱が力強く 西東京市の田無第四中学校の卒業式

By in 市政・議会, 子育て・教育 on 2020年3月20日

卒業式を迎えた田無第四中学校(向台町2丁目)

 新型コロナウイルスで小中学校が休校中の西東京市で3月19日、市内の公立中学9校が卒業生と保護者だけの異例の卒業式を迎えた。訪れた田無第四中学校(東山信彦校長、向台町2丁目)はそれでも卒業生の優しくて力強い「巣立ちの言葉」と「門出の合唱」が続き、式が終わったあとの校庭でも、仲間や先生らと別れを惜しむ輪が広がった。

 午前10時過ぎ、「威風堂々」の幕を掲げた入口から、胸に花飾りを付けた179人の6年生がクラスごとに入場し、体育館の前半分に着席した。後ろの席は卒業生の家族ら約350人が占め、カメラを掲げてわが子の姿を映像に収めた。生徒も保護者もほとんどマスクを付けていた。

 

卒業生がクラスごとに入場する

 

 「君が代」斉唱のあと、木島始作詞、林光作曲の「校歌」に移った。

 果てしなく ひろがる宇宙
 わたしたちに この地球
 爽やかであれ わかい潮流
 むさしの 田無四中…

 脚韻を踏み、将来に船出するこの時期にふさわしい言葉が、歌声のうねりに乗って体育館中に響いた。

 

卒業証書が一人一人に手渡された

卒業生の門出を祝う東山信彦校長

 

 卒業証書は一人一人の名前が呼ばれて東山信彦校長が手渡した。
 東山校長はその後の式辞で卒業を祝い、「世界に向かって歩んでほしい。みなさんだったら大丈夫。堂々と歩むでしょう」と述べて、卒業生にエールを送った。

 ハイライトは卒業生の「巣立ちの言葉」と「門出の合唱」だった。まず各クラスから2人ずつ計10人が3年間を振り返り、仲間や先生、家族らとの思い出を語り、感謝の言葉を贈った。

 3年前の春、教室で初めて名前を呼ばれて返事したら「声が裏返ってしまった」とほほえましい思い出が蘇る。「見えないところで大変な仕事をしている人がたくさんいると知った」職場体験。修学旅行で農家に泊まった体験も忘れられない。「人との協力や農業の大変さを学び、食に対する考えも変わった」。運動会の思い出も印象深い。全力を振り絞りゴールを目指したとき「間違いなく私たち179名はone team となり、大きく成長することができた」という。

 

 

「巣立ちの言葉」に目頭を押さえる保護者もいた

「門出の合唱」の指揮とピアノ伴奏は女子生徒だった

 

 部活を通じて成長したと語り、日ごろの勉強や受験を通じて友達とのきずなを実感してきた。最後にマイクの前に立った女子生徒は「私たちはどんな時も一人ではなかった。たくさんの人の支えがあって、今の自分がある」と話した。先生に感謝し、ボランティア活動でお世話になった地域の人たちに触れる。「ずっとそばで応援してくれた家族」を思いやり、友達の話に移って「門出の合唱」になった。

 フォークデュオ「ゆず」の曲「友 〜旅立ちの時〜」は女子生徒の指揮とピアノ伴奏で歌われた。「友」の呼び掛けで始まり、こんな歌声で結ばれた。

 友 さようならそしてありがとう 再び会えるその時まで
 友 僕たちが見上げる空は どこまでも続き輝いている
 同じ空の下 どこかで僕たちは いつもつながっている

 最後に女子生徒が、突然の休校で「卒業までのカウントダウンが一瞬にして一日となった」と別れを惜しみながら、「威風堂々と最後まで駆け抜けた私たちならもう何も恐れるものはない。四中での思い出全てを抱きしめ、私たちは新たな道へ踏み出す」と力強く語り、「第42回卒業生一同」の言葉を締めくくった。

 後ろの席では、子どもたちの動きを追って、スマートフォンやビデオカメラを構える家族が目立つ。目頭を潤ませ、ハンカチを当てる人の姿も見られた。

 

校庭で記念撮影。家族らがカメラを向ける

 

 式典が終わったあと、家族らが生徒と先生を人垣の通路で見送った。列がほどけるとあちこちで輪ができて、写真を撮ったり歓談したり名残を惜しんでいた。

 東山校長は一段落した後、「卒業式には心が動されます。感動しました」と語った上で、「今年の3年生は十分練習時間がとれなかったけれども、一生懸命頑張りました。心残りは、在校生がいなかったことです。卒業生の思いを、きちんと受け渡ししたかった」と惜しんでいた。
(北嶋孝)

 

【関連情報】
・西東京市立田無第四中学校(HP
・臨時休業期間中の小中学校の対応について(令和2年3月19日更新)(西東京市教育委員会

 

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