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「紫草・エコ・キヤンプ・残日録」第2回 紫草の新天地、東部開拓へ

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2021年6月17日

 ~「2核2モール方式」、エコキヤンプの旅立ち~

 西東京紫草友の会は、2021(令和3)年4月にエコプラザ西東京の一郭に活動拠点を移した。この拠点は西東京市と5年契約を交わし、名称を「エコプラザ西東京むらさき協働キヤンプ」(略称:エコキヤンプ)と呼んでいる。実際には前年の2020年2月に紫草の種播きをしたので、今季2年目を迎えた。(写真は、2年目を迎えた紫草エコキヤンプ全景/ミニハウス1号棟(右)と2号棟(左)=2021年5月29日現在)

 最初は臨時にエコプラザのロビーに紫草栽培トレイを置き育てた。暖房の効いたロビーで発芽した紫草が5葉に成長した頃を見計らって、5月にリサイクル作業場跡の一郭にミニハウス1号棟を建て、10月には2号棟を開設して2021年を迎えた。2棟の間にはエコキヤンプ発足記念としてムラサキシキブを植樹し、現在のところ紫草は順調に育っている。

 紫草栽培はまことに厄介である。「水に耐えず」という習性があるため、高さ1m40㎝未満の日除け雨除けミニハウスを建て、下部を開放し、風通しのよい構造とした。市の高さ制限と仮設構造の二重基準をクリアする1坪弱のミニハウス2棟とモール形式の野草園2ヶ所を5名で現在運営している。会発足の地・谷戸から東部に位置する泉町のエコキヤンプはこのような経緯を経てきた。2つのミニハウスを中心軸に、左右横長の敷地を活用した2つのモール「原っぱガーデン」を併設したエコキヤンプの全容が現在整いつつある。といってもエコキヤンプの完成形はなく、季節ごとにその姿を絶えず変容する実験的で持続的なプロジェクトをめざしている。

 

 

 ~発端、ガレ場の「再生」をこころみる~

 遡れば、西東京市環境保全課からのオリエンテーションの内容は、「街なかの自然の創造」のために紫草栽培をしてほしいとのことだった。ところが予定地はリサイクル作業場跡地であり、しかも好天日にはカンカン照りで地味と保水力が乏しい荒地だった。そこでまず、日除け雨除けのミニハウスを仮設で建てるために地面を少し掘りはじめた。すると「ガチッ、ガガッ」と異音を発するスコップ。何かがぶつかる。建物のコンクリ礎石、瓦の破片、石ころ、砂利などが続々と現れた。筋肉が軋む。その様は見捨てられた人工物のガレ場のようだった。止むを得ずミニハウスを建てるエリアだけを掘り、地均しをしてから雑草防止シートで覆った。スコップが石ころに当たるたびに、「なにッー、街なかの自然の創造だとおー」と心の中で叫んでいた。アバウトで底の浅いオリエンテーション。「自然の創造」自体が不自然だ。自然は造るものなのか。違う。

こうなれば、都市と自然の環境共生をめざす理念に基づき、エコキヤンプにおける紫草栽培の新天地を開拓するしかない。それは、紫草を孤独にさせないこと。絶滅危惧種・紫草だけを特別視しないこと。紫草を万緑の植物一般の一部と位置付け、栽培種・紫草の多様な栽培スタイルを展開することだった。下の図をご覧いただきたい。昨年10月、エコキヤンプのゾーニング配置図である。原っぱガーデン①のコンセプトは草叢。配置は植物交替の季節ごとに変えている。

 

配置図

 

 エコキヤンプの「むらさき1号棟・2号棟」は園芸店の資材や部品を組み合わせて、天井部に雨除けシートを張り、その上に遮光率50%の遮光シートを張った。俄か仕立てのミニハウスだったが、風通しをよくするために下部開放型の工夫を加え、鉢の出し入れを容易にした。紫草は「南部・十和田系」の品種で、川越の小江戸むらさき研究所のご厚意によって若芽をお譲りいただいた。この子孫の紫草が今季で3世代目を迎えたが、栽培方法の実験を行っている。我々が「繁茂型」と名付けた紫草は発芽率は低いけれど、萎凋病やヨトウムシなどの病害虫の侵略にもめげずグングン成長した。南部・十和田系の紫草の株は関東の高温・高湿の気候にも強く、紫根が太く成長した。日除け雨除けのミニハウスから鉢をだして水遣りを行った。梅雨の時期を乗り越え、連日30℃以上の真夏日が続いた。酷暑に耐えうる元肥を追肥したり、マグァンプや硝酸系の石灰を適宜与えたりした。その結果、2020年の11月末に収穫した紫根をエタノール抽出したところ、紫草栽培を始めてから4年目で色素シコニンの存在を確認できた。しかし先行する他の栽培地のように立派な紫根染はできなかった。今季2021年は紫草の発芽率は約40%の上出来だった。セルトップトレイの中で驚くほどビッシリと根を張り、5月ぎりぎりに定植を行った。

 

 ~栽培技術が向上すれば、運営負担も増える~

 

紫草7号鉢

リサイクル物品の集荷場の日陰で水切り・お休み中の紫草7号鉢(2020年8月中旬)

 

 上掲の写真のように活力ある紫草の種=子孫が日を追って育ってきた。そこで、2021年5月に定番の7号鉢におよそ30鉢に定植したのをはじめ、残りの株は9号鉢やプランタに定植したのである。「1鉢1株」を原則としたにもかかわらず、「1鉢2株」や「1鉢3株」まで定植する結果となった。前年度のわずか8株の紫草からなんと80株もの子孫が生まれたのだった。これは望外の喜びであるが、ところ狭しとミニハウスに収容している光景を眺めていると、これらの紫草の栽培のお世話をする運営コアスタッフの悲鳴が聞こえて来そうな気がした。

 しかし、ここで一旦立ち返って考えなければいけない。我々西東京紫草友の会の発足する時になぜ紫草の個人栽培と共同栽培の両立を図ったのか。それは絶滅危惧種・紫草の絶滅リスクを回避し分散するためだった。個人栽培の失策を共同栽培が支援するサプライヤー役を担うことを原則とした。逆に、個人栽培が良好な場合には、その成果である紫根を共同栽培場に委託する方式を選択したのである。運営スタッフの作業時間が過大になれば、ほんらい余暇時間を有意義に楽しむ自由が圧迫され、結果として紫草栽培を通じての自己実現の夢が萎んでしまう。誰でもいつでも自由に出入りできる共通のプラットフォームが崩れ、紫草をお世話する概ね週1回の当番に苦痛を覚えるようになったら、それこそ本末転倒である。我々の会は自由な意思に基づき活動するのが暗黙知のルールなのだ。ここで大切なのは利他の精神だろう。

 かつて倉橋由美子が描いた小説『パルタイ』のごとく、会員の全人格を要求するスターリニズム党派の愚を犯してはなるまい。常に個と全体のバランスを配慮したゆるやかな市民団体のあり方を模索することが大切で、それが活動の持続を保証する共通基盤ではないだろうか。

 

 ~紫草協働栽培の要諦は、和を以って貴しとなす~

 昔も今も豊作貧乏とか豊漁貧乏とかいう事態が起こる。紫草栽培を続けるための目標設定はなくてはならぬが、会費という個人の浄財で運営する市民団体は、イデオロギーや商業主義による拘束から離れ、あくまでも親しい市民同士の相互理解と精神的にほっとし、時にはホットな情熱で交流しあうカタチが望ましい。ましておや、特定の人物が周囲の人々の価値観を尊重せずに暴走する、といった事態は絶対に避けねばならないとおもうのである。市民団体といえども組織であるから共通ルール守るのは当然だとしても、それは必ずしも義務ではない。要は個人の主体性による部分が大きい。たとえば紫草の水遣り。運営スタッフを旅人に譬えるならば、自分の当番のあとに次に来る旅人のために水の汲み置きを快く行う利他の精神も主体性の発揮である。このような利他の精神は他者への尊重と責任に基づくのであって、主体性のない作業マニュアルに盲従してラクをすることからは、課題解決策も独自の工夫も生まれてこない。

 紫草の発芽・成長を見るたびに一喜一憂するのは純粋に草花好きの人だ。けれども敢えていえば、紫草の豊作を喜ぶと同時に、そのお世話が増えることも憂慮してほしい。実際、紫草はいつ絶滅するかも知れない事態がちょくちょく起こる。紫草は繊細さと強靭さを合わせ持つ染料植物であって、紫根収穫ができるまでは油断も隙もなく育てるべき手間のかかる草花なのである。

 以下、今季の紫草の成長具合を示す、直近の記録写真をご披露したい。早くも紫根収穫と紫根染への期待が膨らむでしょう。同時にお世話する手間と場所がシンドクなりますね……。でも、冠位十二階の最高位に〈紫色〉を定めた高貴なお方のお言葉を忘れてはいけません。

 

紫草栽培

 

 連載第3回はテーマを「輪廻転生の世界に踏み入る」と題してお届けします。再見。

 

蝋山哲夫
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