オンラインシンポジウム画面

「東大農場・演習林」をみんなで「活かす」 東大生態調和農学機構のシンポジウムを終えて

投稿者: カテゴリー: 環境・災害 オン 2021年11月9日

 西東京市に広がる「東大農場・演習林」の「活かし方」を、大学、市民、行政が一緒に話し合うオンライン・シンポジウムが10月30日(土)午後、関心を寄せる市民ら約70人が参加して開かれました。貴重な対話の場で、どんな話が行き交ったのか。主催メンバーの一人でもある有賀達郎さんの報告です。(編集部)(画面はシンポジウムに参加した人たち。画像提供:佐藤瑠美さん)

 

東大生態調和農学機構とは

 

 「思いがけず、なんか面白いまちに引っ越してきてしまったなあと、楽しみになりました」。最近西東京市に引っ越してきた参加者が、シンポジウムの後にこんな感想を書いてくれました。

 2010年に立ち上がった東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構(以下、機構)は、東大田無キャンパスにあって、農学や生態学の研究や教育、さらに社会連携も重要な役割としている機関です(演習林は田無キャンパス内の別組織)。

 

桜

別館(旧本館)前のみごとな桜(写真提供:東大生態調和農学機構 深野祐也さん)

ハス見本園

多くの種類のハスが咲く見本園(写真:筆者撮影)

 

 ここは田無駅から徒歩8分の農場正門から北へ、畑、水田、果樹園、草地や演習林などおよそ30ヘクタールに渡って広がり、都心に近い住宅に囲まれた農場、演習林という珍しい存在です。

 

よくわからない?

 

 西東京市の面積の約2%にあたるこの場所について、西東京市民に限らず外部の人たちからは、どんな研究が行われているかわからない、そもそも塀の内側どうなっているか、一般の人間が入ることが出来るのかどうかもわからないなどと、名前は聞いたことがあるけどよくわからないという意見がいつも聞かれます。

 一方、すでに関わっている人たちは、多くの市民がよくわかっていないということになかなか気づけないようです。

 さらに、今回主催した東大生態調和農学機構社会連携協議会(以下、社会連携協議会)は機構の中の組織として機構、行政、市民が対等の立場で話し合う場として2年ごとに公募で選ばれて毎月会議(コロナ禍でオンラインの会議になっている)を行っていますが、その存在もほとんど知られていないようです。

 

知ってもらって一緒に考えよう

 

 そこで、機構設立10年という節目で(社会連携協議会も準備段階から数えると約10年)ということもあり、この場所をもっと知っていただき、一緒に考え、そして貴重な資源として市民の誇りになって欲しいという思いから、まずシンポジウムを開催し、そこから得られるものを活かしてこれから活動をしていければと考えました。こうした話が社会連携協議会の月例の会議で2019年の夏ごろに出され、社会連携協議会の中に実行委員会を立ち上げ検討を重ねてようやく実現することになりました。

 コロナ禍ということでオンラインシンポジウムという形になりましたが、おかげで各地の大学付属農場の方々など遠方からの参加者もあり、機構の存在を広く知っていただく良い機会になったと思います。

 今回のオンラインシンポジウムは、外部の方々と機構を考えるという初めての機会ということもあってか、100人ほどの方から参加申し込みがあり、参加者アンケートには様々な参加の動機や興味、期待することが書かれていて機構の持つ幅広い可能性を感じました。

 そのアンケートから並べてみると、
 社会連携協議会の運営、市民との連携、都市農業のあり方、農的活動、農場の市民利用と専門家の指導、JAの直売所、農場を活かしたまちづくり、食と農、演習林、住宅地との共生、都市計画、景観、道路、体験塾や環境教育、日常から関わりやすいコンテンツ、観察会、農地土壌について、排気ガス、農福医連携、休日公開、そして何をやっているのかがわかるような情報発信など、参加の動機や期待することとして挙げられていました。

 

シンポジウムで話されたこと

 

 シンポジウムは、井澤毅機構長が開会の挨拶として、これからの科学は市民の力を活かすのが大切であるとして、他の大学での市民との協力事例を挙げ、機構でも市民と一緒にやっていきたいと述べて始まりました。

 続いて機構の成り立ちや研究について矢守航准教授が語り、田無発の新種の菊を作ろうと学生たちが意気込んで取り組んでいる様子、植物工場やドローンを使ったスマート農業など最先端の研究や可能性、社会連携協議会から始まった取り組みなどを紹介しました。

 社会連携協議会の委員で、東大農場・演習林を残す会の宮崎啓子さんは、市民と東大農場との関わりの流れ(行政側から東大農場は市外へ出て行って欲しいという要望を出した時、東大の側が移転するという発表した時もあった)、その中から市民、行政、機構の3者が対等に話せる場としての社会連携協議会が生まれたという誕生の様子を、30年間東大農場演習林に関わってきた経験を土台に語ってくれました。

 社会連携協議会委員の田中敏久さんは、農場と演習林が住宅地に併設されているここだからこそ、子どもたちが畑や水田、林に直接触れることが出来るというサマースクールやアクティブスクールについて述べました。

 

サマースクール・アクティブスクール

サマースクール参加中の子どもたち(写真提供:サマースクール・アクティブスクール)

大豆塾

大豆塾受講生による大豆畑の草取り(写真提供:農と食の体験塾 大豆編)

 

 同じく若尾健太郎さんは、自ら関わっている大豆塾の活動について、機構からの専門的な指導や座学を受けるだけでなく、参加した市民とともに収穫、食材としての利用(味噌づくりや味比べなど)についても実践してきた様子、またコロナ禍の中リモートでどうやって進めて行ったかなどについて説明しました。

 また、社会連携協議会の委員でもある西東京市企画政策課長の栗田和也さんは、図書館の資料から1931年に田無町に東大農場が出来た時や移転話の時の議会への陳情書類の写真などを紹介、また西東京市のみどりの基本計画での機構の位置づけや公園面積が少ない西東京の状況などについて説明をしました。

 社会連携協議会の委員で多摩六都科学館の統括マネージャー廣澤公太郎さんは、機構と科学館との連携協定について、また社会課題解決型のスタートアップ起業が増えているので、機構発のベンチャーなどを育てて欲しいという可能性についても語ってくれました。

 

パネルディスカッションのやり取り

 

 第2部は、パネルディスカッションという形で、NPO法人Green Connection TOKYO、NPO法人 birth そして西東京市都市計画審議会専門部会委員の佐藤留美さん、機構の助教深野祐也さん、西東京市の栗田さん、多摩六都科学館の廣澤さん、社会連携協議会の若尾さんの5人と私で意見交換を行いました。

 まず佐藤さんからは、都市のみどりを考えてきたNPOとしての豊富な経験に基づき、海外ではみどりを活かす都市のあり方が標準であると事例を紹介。また、みどりの価値(グリーンインフラ)は、多くの社会的な課題解決に活用できて持続可能な社会を作る大切な資源。それを活かすには都市農地の保全や価値創造を考え、みどりと市民をコディネートする人材の育成が必要。社会連携協議会は、ひと・まち・みどりをつなぐことができる、という提起がありました。

 深野さんからは、生態学と市民科学、非専門家による科学活動について。そして市民科学の事例として東大農場・演習林を残す会の宮崎さんたちが1993年から25年間にわたり毎月観察してきた植物の観察記録を、データ化してまとめて分析したものが論文になって、先日世界へ向けて発信することが出来たというホットな事例の紹介もありました。さらに、この論文の最初のきっかけは、4年前の雑談からという経緯も紹介、市民科学は長期で地道にちょっとしたきっかけを大切にやっていけるのが強みだとまとめてくれました。

 

東大農場

畑やビニールハウス、草地などが広がる(写真提供:東大生態調和農学機構)

 

 栗田さんは、市内のいろいろな施設や人のつながりを活かして進めて行き、誰もが出番と居場所のあるまち西東京にしていきたいと語りました。廣澤さんは、多摩六都科学館との連携、お互いが気軽に話せるようなコミュニティの拠点、経済と道徳を両立させる社会課題解決型スタートアップ企業と研究活動がつながれるのではないかと提案。若尾さんは、大豆塾の延長線上に市民参加のオープンサイエンスがあるという展望を示してくれました。

 

見えてきたのは…

 

シンポジウムちらし

シンポジウムチラシ表(クリックで拡大)

 ディスカッションでは、東大農場・演習林の価値、市民科学、実際にどうやったらいろいろなステークホルダーが連携出来るのか、市民との連携、そのための人材育成、機構・演習林を知ってもらいそこで自分も何が出来るか、行政も自ら参加していく、行政・大学・市民の連携を活かそう、そうした動きを支えて行く仕組みや組織があれば市民も企業も関わりやすくなる、人を雇ってでも情報発信をしていきたい、みどりのまちづくり、農のある風景、地域課題の解決、喉から手が出るほど素敵な場所、知ってもらえればこのまちに引っ越してくる人が増える、そのためには、情報発信が大切など、機構をより良くしていこうという様々な意見を交換しました。

 参加者からの質問に答える場面もありました。機構と外部との間に塀や壁は必要かという質問に対して、それぞれのパネリストから研究の場として機構内をゾーニングする必要があるから仕切るものは必要だという回答が出された中で、廣澤さんからは囲いがないということは、銀行に鍵を掛けないようなものだというわかりやすい回答が出て来ました。

 この質問は冒頭の「面白いまちに引っ越してきた…」とアンケートに書いてくれた環境やまちづくりなどに関わるお仕事の方が出してくれたもので、たまたま最近引っ越してきた西東京市で体験農園を利用し、機構のような場所を知り、そこのシンポジウムにも参加してQ&Aにも答えてもらったというのが冒頭の言葉になったのだろうと思われます。

シンポジウムちらし

シンポジウムチラシ裏(クリックで拡大)

 シンポジウムとしての結論、到達点ははっきりと出せていませんが、いろいろなヒントになる言葉が出てきて、機構がどういう場所か知って、理解して、一緒に行動をしていくために、これから社会連携協議会が発信し、様々な声を受け止めて考えていく場を作っていくという方向が見えたかなと感じました。

 最後に閉会の言葉として西東京市長の池澤隆史さんが、子どもの頃の東大農場での経験に触れながら、みどりだけでなく、農と食とつないでいったり、それをここから市内外へ発信していったりしていく取り組みを一緒に考えていく、このシンポジウムがその足掛かりになって欲しいと締めくくりました。

 

アンケートから

 

 終了後のアンケートからは、都会の真ん中に研究機関と演習林と農場がある環境が素晴らしい、東大農場の価値を伝えていけば移り住んでくる人が増える、このまちの誇りだ、西東京市の前向きの考え方に心強く感じた、西東京市が旗振り役になって近隣のモデルになる取り組みを、各ステークホルダー間のコミュニケーションが必要、社会連携を専門とする組織が必要、オープンコミュニケーションの場、土日公開の検討、活動体としての持続そのために収益性、他のエリアの大学付属農場からの連携希望なども含めて、様々な意見、感想を寄せていただきました。こうした思いを持つ幅広い方々とこれから気軽に意見交換しながら、機構がこのまちの人たちの共通の誇りとなるように社会連携協議会が活動していければと思います。

 なお、シンポジウムを収録した動画を公開していく予定で、機構や多摩六都科学館のホームページなどでお知らせをしていく予定です。

 

【関連情報】
・東大生態調和農学機構社会連携協議会(東大生態調和農学機構
・オンライン・シンポジウム開催の案内(東大生態調和農学機構

 

有賀達郎さん

有賀達郎さん

【筆者略歴】
 有賀達郎(ありが・たつろう)
 1950年東京生まれ。1997年夏の株式会社エフエム西東京の開局準備段階から放送現場に関わり、代表取締役を経て2016年3月に退社。FM退社後はJ:COM西東京の番組「たまろくと人図鑑」の司会を10月まで務め(番組終了)、PlanT(日野市多摩平の森産業連携センター)のコーディネーターなど西東京をはじめとして多摩エリアで活動中。「プレイス2.5」というチームを立ち上げ西東京市の良さを発信中。

 

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  1. シンポジウム実行委員会
    1

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