【書評】三戸学著『ガクちゃん先生の学校通信』

投稿者: カテゴリー: 暮らし子育て・教育 オン 2023年7月6日

◎「ありのまま」を見せる教育実践 車いすの先生と生徒の交流
 長瀬千雅(ライター/編集者)

 私(評者)は、小・中・高、大学まで含めた16年で、車いすを使っていたり、視覚障害や聴覚障害があったりする先生には一人も出会わなかった。先生に障害があって、助けが必要だなんてことは思ってもみなかった。

 日本全国で身体に障害のある人は436万人いる。高齢者を除くとその数はぐっと減るが、それでも、学校が社会の縮図であるならば、一人ぐらい、障害のある先生に出会ってもおかしくはなかった。
 そう思い至ることができたのは、この本の著者、三戸学さんのことを知ったからだ。

ガクちゃん先生

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 三戸さんは生まれつきの脳性まひで、肢体に不自由がある。室内なら体をゆらしながらゆっくりと歩くことはできるが、移動は基本的に車いすだ。学生時代の三戸さんは教師に憧れ、周りから「障害者雇用で、他の職業に就職したら」と言われても志を曲げなかった。2000年に秋田県の教員採用試験に合格、中学校の数学の先生になった。

 本書は、三戸さんが教員になって3年目の2003年から2008年まで、全国紙の地方版に連載した原稿をまとめたものだ。当時は、障害のある先生が今よりずっとめずらしかったため、新聞社のデスクから「日々のことを綴ってほしい」と依頼されたものだろう。

 若き「車いすの先生」と生徒たちの交流は、初々しくてみずみずしい。階段ののぼりおりで肩を貸すちょっとしたやりとりや、電動車いすに乗ってみたいとねだる様子など、生徒たちが屈託なく三戸さんと触れ合う姿が描かれる。

 本書で特徴的なのは、全9章のうちの1章を「自然災害への対応」に割いていることだ。地震が起きたときのシミュレーションや、避難訓練でのエピソードを事細かに綴る。仮に、障害を持たない教員が自らの教育実践を綴ったとして、避難訓練の話が出てくるだろうか。出てこないとは言い切れないが、章立てするほどではないと思う。

 三戸さんがなぜ避難訓練について語るかといえば、「災害が起きたときはどうするんだ」という視線が絶え間なく向けられるからだ。私たち大人のほとんどは、教員は児童・生徒をケアする存在で、教員自身がケア(ないし配慮)が必要な存在であることを想定しない。だから三戸さんは、外へ向かって「地震が起きたらこのように行動します」「同僚や生徒たちと常日頃からこのようにコミュニケーションをとっています」と説明することを強いられる。でもそれって、三戸さんが一方的に説明責任を負わなければいけないことなのだろうか?

 その点、子どもたちはフラットだ。先生が困っていたら助けにいくよ! と口にする。昨今、「共生社会の形成に向けて、インクルーシブ教育を」とうたわれるが、私はどうしたって、「子どもたちのほうが『共に生きる』をナチュラルに実践してるじゃないか」と思ってしまう。

 実は私は、2020年1月に秋田を訪れ、三戸さんを取材した。そのときに勤務していた中学校は、建て替えでバリアフリーになっており、エレベーターが備わっていた。1階にある職員室から3階の教室へ向かうときも、エレベーターを使うので、生徒の肩を借りる必要はない。すべての段差にスロープがついていて、廊下も広くとってある。校舎内を移動するのに支障はなかった。

 ところが、朝一番に学校に着くと、一人の男子生徒が三戸さんのことを待っていた。毎朝出迎えて、職員室まで車いすを押してくれるのだということだった。ほかにも障害のある教員に取材をしたことがあるが、障害のある先生のお世話をすすんでしたがる生徒が、毎年一人ぐらいはいるのだそうだ。いろんな境遇の生徒がいると思うが、「自分も誰かの役に立つことができる」という思いが、その子の日々を支えているのだろう。

 三戸さんは、新しく書き下ろした本書のプロローグで、「子どもたちに『ありのままの自分でいいんだ』という自信を与えていきたい」と言う。自分自身が「教育資源」だと自覚している。三戸さんが子どもたちに与える影響は、カリキュラムに直接反映されるものではないけれど、自分にしかできない教育があるという信念が、三戸さんを強くしている。本書のサブタイトルが「障害があるからできる教育実践」である所以だ。

 令和になった現在でも、教員の障害者雇用率は、法定雇用率を下回る。生徒たちと「ガクちゃん先生」の日常が気づかせてくれるものは大きい。

 

【書誌情報】
書 名:ガクちゃん先生の学校通信 隠れたカリキュラム、障害があるからできる教育実践
出版社:言視舎
出版年:2023年5月
定 価:1,600円+税

 

 

長瀬千雅さん

長瀬千雅さん

【筆者略歴】
 長瀬千雅(ながせ・ちか)
 ライター/編集者、1972年生まれ。週刊誌編集部などを経てフリーに。Yahoo!ニュース オリジナル 特集のエディターも務めている。手がけた記事や書籍は「chica nagase」(tumblr)参照。

 

 

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