【書評】佐藤幹夫著『「車いすの先生」、奮闘の記録 彼はなぜ担任になれないのですか』

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2022年8月10日
◎勤続20年でも見えない壁 配慮の裏側に何が
 長瀬千雅(ライター/編集者)

 本書の主人公、三戸学さんは「車いすの先生」だ。生まれつきの脳性まひで四肢に不自由がある。2000年に秋田県の教員採用試験に合格。中学校で数学を教える。受け持ったクラスの成績は悪くない。卓球部の監督として女子団体チームを地区優勝へ導いたこともある。「(障害があるのに)すごいですね」「がんばっていますね」と言われる。なのに22年間、どれほど希望しても担任にはなれない。毎年毎年、期待してはがっかりするの繰り返し。それでも諦めない三戸さんの行動は、わたしたちに問いを差し出す。その問いが、本書のタイトルになっている。

 

書影

「なぜ担任になれないのですか」の書影

 著者は、福祉や介護、発達障害・教育などの分野でルポやノンフィクションを手がけてきたベテラン。ライターになる前は、特別支援学校で教員をしていたという。教育現場に思い入れがあるからこそ、三戸さんが差し出す「なぜ」をスルーすることはできなかったのだろう。

 本書はまず、障害があっても健常者と同等に「活躍しながら働く」機会が与えられるべきだという三戸さんの「奮闘の記録」である。しかしそれだけに留まらない。著者は、三戸さんの「闘い」を描きながら、わたしたちはほんとうに障害のある人を仲間として受け入れているか、配慮の皮をかぶった排除をしていないかと問いかける。

 三戸さんの「闘い」には二つのフェーズがある。一つは、通勤手段が示されないまま、自宅から遠い学校に異動を命じられたことに対して、異動の取り消しと交通費の支払いを求めて県の人事委員会に審査請求を行ったこと。もう一つが「担任になれない問題」だ。前者は、三戸さんが審査請求を行ったことで、三戸さんと県教育委員会の争いのかたちをとった。三戸さんの訴えに対して、県教委がどのような反論をして、県がどのような判断を下したかは、ぜひ本書を読んでほしい。後者に関しては、依然として話し合いが続いているが、本書によれば、「なぜ担任になれないのか」という問いに立ちはだかるのは、校長の「総合的な判断」という「ブラックボックス」である。

 実は評者は三戸さんを取材したことがある。2020年1月に秋田を訪れ、3月に記事を出した(注)。記事のテーマは「障害のある先生」の通勤や介助について。三戸さんの一つ目の「闘い」である。その際に三戸さんから「担任になれない」と聞いていたが、私はそこに踏み込むことができなかった。「裁量」という「ブラックボックス」にどう手を出せばいいのかわからなかったからである。当時もふがいない思いをしたが、本書を読んで一層、自らの力不足を痛感した。
 (注)「通勤できない」車いす先生の悩み──障がいのある先生に必要な支援とは(2020年3月31日)(Yahoo! ニュース

 

 著者は、校長に裁量があることを認め、尊重しながらも、学校現場の労働問題に取り組む元教員や、障害教師論を著した研究者などに取材し、さらに文部科学大臣の国会答弁も引きながら、果たしてその判断は妥当なのかと考察を深めていく。押しつけがましくはない。「誰かを批判したいのではない、ただ一緒に考えてほしいんだ」という三戸さんの気持ちをくみ、「こういう状況があって、ぼくはこう考えるんだけど、あなたはどう思いますか?」と語りかける。

 まとめると簡単そうに思えるかもしれないが、力のある書き手にしかできないことだ。文体も平易で、障害者の権利に詳しくない人もするすると読んでいけると思う。また、教員の負担の増大や、同調圧力が働きやすい学校文化といった問題にも検討を加える。

 障害のある人もない人も、みんなが仲間として、のびのびと力を発揮できる教育現場であってほしい。著者のそんな思いを感じた。

 

【書誌情報】
書 名:「車いすの先生」、奮闘の記録 彼はなぜ担任になれないのですか
出版社:言視舎
出版年:2022年6月
定 価:2,200円+税

 

 

長瀬千雅さん

長瀬千雅さん

【筆者略歴】
 長瀬千雅(ながせ・ちか)
 ライター/編集者、1972年生まれ。週刊誌編集部などを経てフリーに。Yahoo!ニュース オリジナル 特集のエディターも務めている。手がけた記事や書籍は「chica nagase」(tumblr)参照。

 

 

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