コンテンツへスキップ

市政・選挙

「苦い薬を飲み続けたおかげ」 部長級退職者3人が別れの言葉

2016年4月1日 北嶋孝

西東京市議会第1回定例会最終日の[2016年]3月30日、新年度予算などを可決して閉会が告げられた後、年度末に退職する部長級職員3人が恒例の別れの言葉を述べた。(写真は、西東京市議会の最終日)

 

02_166IMG_5607

最初に挨拶したのは市民部長の宮寺勝美さん。宮寺さんは1980年(昭和55年)、旧保谷市に入った。「最初は水道業務から始まりました。それから36年間、みなさまにお世話になりました」と振り返り、「委員会では厳しい意見、心温かなご指摘をいただいた」と議会との遣り取りに触れた。今後の生活は「自助共助を心掛けて過ごしたい」と述べた。

 

03_140IMG_5607 子育て支援部長の金谷正夫さんは冒頭「熱く走り抜けました」と37年間の職員生活を振り返った。最初は児童館の仕事。「女優の多部未華子さんが児童館に参加していました」と思い出を語ると議場はザワザワ。その後は一時、競輪事業に出て長岡(新潟)、六郷(秋田)、水戸の自治体競輪を経験。戻ってからは北原児童館の開設に参加。その後の「みどり環境部長時代にはゴミ袋の値下げで、みなさんに大変お世話になりました」と頭を下げると議員らに笑みが広がった。2010年から子育て支援部長へ。「職員一丸となって待機児童解消のために努めました。在職した37年のうち22年9ヵ月を子供のための仕事に就いていました。これからも頑張りたい」などと話した。

 

01_160IMG_5606 議会事務局長の高根和孝さんは、議長隣の事務局長席から部長らが座る席に降りて挨拶した。旧保谷市に入ったのが1978年(昭和53年)。図書館サービスの仕事を10年余りした後、「9つの職場でさまざまな仕事を経験した」。その間「多くの方々に教えていただき、助けていただき、支えていただき、鬼籍に入られた方々も含めて感謝いたします」と述べた。議会での答弁は「冷や汗、脂汗も少なくありませんでした。夢の中で答弁に四苦八苦したこともありました」と”悪夢の記憶”を披露すると、議場の空気も和んだ。「窓口で怒鳴られ、謝罪のために自宅にうかがったら逆に励まされたこともありました」と市民との触れあいを振り返り、「良薬は口に苦いというけれども、その苦い薬を飲み続けたおかげで職務を全うできたと思います。やり残したこともありますが、あとは後輩たちがやり遂げてくれると信じています」と締めくくった。

3人の挨拶が終わると、議場にねぎらいの長い拍手が続いた。
(北嶋孝)

 

(Visited 636 times, 1 visits today)
北嶋孝

きたじま・たかし

 ひばりタイムス編集長。旧保谷市時代から西東京市在住50余年。共同通信社を2004年に離れフリーに。小劇場レビューマガジン「ワンダーランド」編集長、在京テレビ局の情報番組コメンテーター、演劇紹介番組「東京舞台通信」案内役などを経て、2015年2月「ひばりタイムス」創刊。

この著者の記事

関連する記事