Print This Post Print This Post

韓国・朝鮮人元BC級戦犯者の写真パネル展 「不条理」と「名誉回復」を訴える

By in 交流・共生, 催事・集会 on 2018年12月31日

クリックで拡大

 「国家」や「民族」が問題になると、至る所で煽ったり煽られたりする事例に事欠かない。だからこそ事実と向き合い、理路をたどり、情理を尽くす姿勢が求められる。朝鮮半島出身の元BC級戦犯者問題もそういうケースの一つではないだろうか。写真パネル展を企画、開催した市民団体の一員、穂坂晴子さんの寄稿です。(編集部)

 

李鶴来さんが語る

 

 韓国・朝鮮人元BC級戦犯者の写真パネル展が12月10日から16日まで、西東京市の柳沢公民館で開かれた。最終日16日には、韓国人元BC級戦犯者だった李鶴来(イ・ハンネ)さんが、家族に支えられながら車いすで登場した。会場からは拍手が沸き起こった。李さんはマイクを手に取り、静かに語り始めた。

 

杖をつきながら話す李鶴来さん

 

 李さんは今年93歳。西東京市に住む。太平洋戦争中、映画「戦場の橋」で知られるタイの泰麺鉄道の工事現場に「捕虜監視員」として、半ば強制的に日本軍に徴用される。戦後、捕虜虐待の罪で連合国側の軍事裁判で日本人として死刑判決を受ける。その後、20年の刑に減刑され、巣鴨プリズンに収容される。朝鮮半島出身のBC級戦犯者は148人。そのうち23人が処刑された。

 1956年に釈放されるが、サンフランシスコ講和条約により日本国籍を失い、日本人に支給された軍人恩給など一切の支援から外される。釈放されても日本では、住むところも食べるものも職もない。韓国では「対日協力者」とされ帰る場もない。孤立感に苦しみ、自殺した仲間もいる。原告や家族で互助団体「同進会」を作り、日本政府に謝罪と補償を求め訴訟を起こす。しかし、民主党政権の際、元戦犯や遺族への特別給付金支給を柱とした救済法案が立法化寸前まで行ったが廃案となった。救済の道はまだ遠い。

 

日本戦犯と同じ対応を求めているだけ

 

 徴用された時は「日本人」、釈放された時は「日本人ではない」。都合の良い時だけ日本人として扱い、差別され、名誉回復さえされない「不条理」を、李さんは切々と、繰り返し訴えた。傍らでずっと支えてきた、やはり父が同じ被告だった朴さんが「2回話さなくてもいいですよ」と伝えるほどだった。「死刑や自殺で亡くなった仲間を思うと死にきれない」「生きているうちに歴史のけじめを」と訴えた。「闘いは終わっていません。みなさん、ご支援を」と結んだ。一斉に拍手が起き、差し出す手が続いた。

 

大勢の市民が李さんの話に耳をかたむけた

 

まず知ってほしい 西東京に住む李さんのこと

 

「戦争を語り継ぐ講演会」チラシ(クリックで拡大)

 4月に田無庁舎で李さんの話を聞く会を設けた。著書の『韓国人元BC級戦犯の訴え―何のために、誰のために』(梨の木舎)を読み、何ということだと衝撃を受けた。西東京市在住ということもあり、何とかできないだろうかと考えた。地域の「SAVEザ9条SAVEザ憲法西東京市民の会」で継続的に行っている「戦争を語り継ぐ講演会」として、戦後補償の会の代表有光健さん、同進会を支える方たちにも協力を頂き、開催した。

 会場のアンケートで「知らなかった」「日本人として恥ずかしい」「何か出来ないか」という声が多く寄せられた。戦後、西東京市には多くの韓国・朝鮮人元BC級戦犯の方たちが住んでいた。20年前に、当時BC級戦犯問題を中心で取り組んでいた内海愛子さんの講演会が田無で開かれたことを知り、同進会副会長の朴来洪さんを中心に当時支援に関わった方たちとも相談し、「同進会を応援する西東京市民の会」を立ち上げ、大切なパネルを借り、展示展への運びとなった。

 被告の遺族の方、同進会を支える会の方、当時支援していた方たちから聞く話は貴重で、また厳しく、今を生きる私たちへの警告とも言える。同進会の方たちの苦難の歴史を写真パネルでめぐり、少しでも多くの人たちに知ってほしい、一緒に考え行動してほしいと願い、みなさんの協力の下、実現できた。

 

訪れたみなさんの一言ひとこと

 

 毎日新聞や地元の「タウン通信」の報道や韓国の徴用工判決が問題になっていることもあるせいか、写真パネル展示会は予想以上に反響があった。朝日新聞、東京新聞、TBSによる取材も相次ぎ、記録しているだけでも1週間で330名以上の見学者が訪れた。高校生や戦犯問題を卒論のテーマにしたいという学生とも話せた。受付のノートに「日本の大学生も不条理に怒ってること、想いを知って下さい」とのコメントもあった。

 

柳沢公民館ロビーの写真パネル展示

 

 李さんにインタビューしてビデオを制作した大学生や図書館に来たついでにと見始めたが、展示に引き込まれじっくり見学したという若者もいた。同進会を支える会の人、新聞で知り川崎から訪れた人、大学教授や児童文学者、「マスコミ市民」編集長、9条連事務局、9条の会など市民団体で活動している人たちが訪れ、新たな交流の場ともなった。

 地元なのに知らなかった。学校の「歴史」でも習わないが、展示でBC級戦犯の歴史を知り、涙が出た。優秀な韓国の若者が亡くなったことを忘れてはいけない。知識として知ってはいたが、当時の軍事募集の新聞広告などをみるとリアルにわかる。日本軍はひどいことをしたのだと言葉が出なかった。よく出来たパネルでこの企画をパンフレットにまとめてほしい…。こんな多くの意見が寄せられた。次へ繋げ、新たに踏み出す手応えを感じたが、これからが大きな課題とも考えた大切な場であった。

 

これから-歴史のけじめと新しい世

 

声明全文(クリックで拡大)

 李さんは当日の「声明」で、こう述べている。
 「すべての当事者がいなくなる前に立法を実現していただけますよう強く要望致します。
 年の終わりに、そして『平成』の世の終わりに、このような訴えを繰り返さなければならないことを本当に残念に思います。しかるべく歴史のけじめをつけて、新しい世を迎えられるよう心より願います…」

 李鶴来さんの命がけのコメントを、年の終わりにしっかりと心に刻みたいと思います。
(穂坂晴子)(写真と画像は筆者提供)

 

【関連リンク】
・同進会を応援する西東京市民の会(facebook
・韓国・朝鮮人元BC級戦犯者に補償を(HP

 

【筆者略歴】
 穂坂晴子(ほさか・はるこ)
 西東京市在住18年。児童教材出版社勤務後、日本語・こども読み書き教室開室。「非核・平和を進める会」、「SAVEザ9条・SAVEザ憲法の会」、「戦争ホーキの会」、「同進会を応援する西東京市民の会」会員。

(Visited 125 times, 1 visits today)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA