山澤綾乃さん、遥乃さん

「戦争を考えるきっかけに」 自由学園生の姉妹が冊子「川田文子さんのこと」刊行

投稿者: カテゴリー: 子育て・教育環境・災害 オン 2022年11月23日

 自由学園(東久留米市学園町)最高学部1年の山澤綾乃(あやの)さん、遥乃(はるの)さん姉妹(ともに19歳)が、授業の発表をもとにした冊子「川田文子さんのこと」を、このほど自由学園出版局から刊行した。川田文子さんは、同学園女子部23回生で、第二次大戦中の1944年12月3日、19歳のときに学徒動員で中島飛行機武蔵製作所に勤務中、空襲で死去。そのことを知った2人が漫画と、当時の記録などをまとめ、自分と「同じ女の子、同じ自由学園生、同じ十九歳」だった文子さんらへの思いを込めた。綾乃さん、遥乃さんはインタビューに「ウクライナのこともあり、戦争を考えるきっかけにしてもらえたらうれしい」などと話した。(写真は、冊子を手にする山澤綾乃さん、遥乃さん=左から)

 

慰霊碑、遺族との出会い

 

 綾乃さん、遥乃さんが文子さんのことを知ったのは中等科3年のとき。平和学習で学んだ学園内の慰霊碑に文子さんの名が刻まれていた。また、2人の自宅の大家さんが文子さんの姪で、長年、命日に学園内の慰霊碑に花を供えてきたことも、その頃わかった。2人はそのときから大家さんに代わって命日の献花をするようになり、文子さんの存在が大きくなっていったという。

 さらに、高等科3年となった昨年、ノーベル文学賞作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの作品「戦争は女の顔をしていない」の漫画や翻訳本を読み、遥乃さんがエピソードを漫画化。それを見た母親から「川田さんのことも描いて、探求の発表にしたら?」とアドバイスされたという。当時、2人は学校で発表する、主体的な学びを深める取り組み「探求(探究)」の課題が決まっていなかったため、文子さんのことをテーマに取り組むことに。

 

漫画

遥乃さんが描いた漫画(自由学園提供)(クリックで拡大)

 

 イラストを描くのが好きな遥乃さんが漫画を担当。文子さんの同級生だった直江(旧姓・藤岡)千鶴子さんが当時のことを書いた文章などさまざまな資料をもとに、スマートフォンのソフトを使って16ページの漫画を描いた。命日前日の昨年12月2日から描き始めた漫画は、文子さんが亡くなる前後の様子を描き、友人たちと離れたわずか1~2分の差で生死が分かれた残酷な運命が胸に迫る。

 

戦時中でも女子高生らしい日々

 

 「(作品で)漫画を描いたのは初めてで、最初は1ページ描くのに10日ぐらいかかりました。思うように描けないのと、自分と同じ年ごろの女の子が亡くなった時のことを描かないといけないので、精神が削られるようでつらかった。でも、中途半端で終わらせたら、(思いが)届かないと思って…。ハンコでいえば、『よくできました』ではなくて『がんばりました』ですね」と遥乃さん。

 綾乃さんは、文子さんが日々の行動などを記したノート「生活帳」16ページ分などを筆写した。亡くなる数カ月前からのもので、1日ごとの天気や仕事・勉強、健康状態、寮の食事の献立などが書かれている。「野田大佐来訪」「空襲警報発令」といった記述や、献立の品数など、戦局の影響も感じられる。原本は、京都の立命館大学国際平和ミュージアムにあり、図録資料などに載っていた写真をもとに写したという。

 「旧字体もあって、(字の解読などで)時間はかかりましたが、文子さんの気持ちが伝わってきて楽しかった。食事のメニューや、みんなで歌を歌ったとか、映画館に行ったとか、戦争のなかでも女子高生らしい、楽しい思い出を残せている。女子部生に伝えるなら、これが一番わかりやすいし、文子さんが考えていたことを追体験するようで、身近に感じてもらえるかなと思いました」(綾乃さん)

 綾乃さんは、文子さんの経歴や、勤務先だった中島飛行機武蔵製作所などの説明、家族写真などを紹介した模造紙1枚、手書きのポスターも作成した。

 

「同年代の感覚」生かし

 

 作業では互いに感想、意見を出し合い、協力。ポスターについて「漫画では描けなかった情報を補ってもらえてありがたかった」と遥乃さんがいえば、綾乃さんは漫画について「思いを伝えるのに絵は力になると思った」と相手をたたえ合う。

 

ポスター

情報がぎっしり詰まった綾乃さん作成のポスター

 

 今年3月初めの発表2日前に完成。「時間をかけた分、伝わる思いも違うと思います。同年代の感覚も大きい。同じ19歳なのに時代が違うだけで、文子さんはすべて奪われてしまった。その思いがこの発表にのせられた」と綾乃さん。遥乃さんも「同年代だから、会話や顔の表情なども描きやすかった」と振り返る。漫画はモノクロだが、一部だけ色が入ったシーンがある。「この漫画で一番描きたかったページ」で、そこにも「同年代の感覚」が生きている。

 発表では、にぎやかだった男子部生たちが静かに見入ったり、保護者が涙を流したり。教職員も内容の濃さに感銘を受け、冊子化の話が進んだ。編集では学園資料室、美術教員らもサポートし、2人のエッセーなども新たに収録、綾乃さん作成のポスターは縮小、折りたたまれて冊子の帯になった。冊子はA5判、67ページで10月に200部刊行すると好評で、すぐに500部増刷に。

 

ウクライナ侵攻、日本でも…

 

 「高橋和也学園長をはじめ、学内で先生たちに会うと『冊子買ったよ』と言われます。文子さんのことを知ってもらいたいから読んでほしいのと、自分の漫画を描き直したい思いと半々ですが」(遥乃さん)

 その漫画で「戦争はもう絶対にあってはならない」と書いた日に、ロシアがウクライナに侵攻した。遥乃さんは「あってはならないと言っても結局始まってしまう。でも、だからといって、言わなくてもいい、とはならない。今回、文子さんや千鶴子さんたち、戦争を経験した人と経験していない私たちが協力して伝えようとしたことはそれなりに意味はあるかな」。

 

慰霊碑

文子さんらの名前が刻まれた学園内の慰霊碑を拝む

 

 綾乃さんは「戦争に対する思いは今でもそう近いものではないけど、日本でもかつてそういう状況があって、またいつ起こるかは誰にもわからない。自分の中に川田さんがいることで戦争に反対する気持ちを常に持って、考えていたい。これを読んだ人にも、考え続けてもらうきっかけになればいい」と話している。

 冊子(税込み1100円)は、自由学園正門内の事務室や、近くにある自由学園しののめ茶寮のショップ、さらに郵送などでの販売もしている。詳細は、自由学園サイトへ。
(倉野武)

 

【関連情報】
・今週の1冊「川田文子さんのこと」(自由学園

 

倉野武
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