書物でめぐる武蔵野 第27回 「東久留米団地」はじまりの物語
「ひばりが丘団地」「滝山団地」と団地巡りのようになってきたが、続けて「東久留米団地」(現在「グリーンヒルズ東久留米」)も「訪ねる」ことにする。この団地周辺は、少し前に日帰り温泉施設ができたりして、かなり様相が変わったが、ここにも固有の歴史がある。この団地が誕生した時の模様を描いた小説を紹介することから始めたい。
「東久留米団地小説」を見つけるまで
それは、干刈あがたという小説家の「月曜日の兄弟たち」(1984年)という短編作品である。この小説を見つけたのは偶然だった。80年代なかば、吉本ばななや山田詠美らの女性作家が注目されていて、その流れに干刈もいた。彼女は1943年生まれの60年安保世代で、デビューしたばかりの吉本はもちろん、山田よりもかなり上の世代だが、離婚やシングルマザーを扱った私小説を書き、フェミニズム作家のさきがけという位置づけをされていた。
本作は、84年に彼女の代表作で芥川賞候補にもなった『ウホッホ探検隊』とカップリングで刊行されている(福武書店刊で、本作はこれが初出)。実は初出の単行本を読んでいたわけでなく、福武文庫『ゆっくり東京女子マラソン』に収載されていたものを、言葉は悪いが、ついでに読んだのだった。
冒頭の引っ越しシーンを読んでいて、あれっと思った。
「まだ片側が造成工事中の新青梅街道」を引っ越しのライトバンが走っている。「田無市内の六角地蔵脇からさらに右の道」に入り、「二年前に完成したばかりの、ひばりが丘団地に沿った道」を通り、やがて前方に「丘の上に立つ、航空信号塔」の点滅する赤い灯を見る。
これは近い、と思った。続いてすぐあとに「クリスマスの十二月二十五日からのぞみが丘団地(東久留米団地のこと)の第一次入居が始まる」という記述がある。間違いなくこのへんのことを書いている。おまけに「東久留米団地」が舞台のようだ。
私事で恐縮だが、この団地にある中学校に筆者は3年間通った。こんな身近な場所が小説に登場することは記憶になかった。街で偶然古い知り合いに会ったような感じがした。
小説は、東久留米団地の入居が始まった62年12月からの数カ月間を描いていく。団地というひとつの街がまさに生まれようとしていく過程がリアルだ。街の誕生に立ち会うことはめったにあることではない。ノンフィクションではないが、その記録として貴重な作品だと思う。
干刈あがた「月曜日の兄弟たち」
主人公の「私」は女性の大学生。兄が新しくできる「のぞみが丘団地」に寿司屋を開くため、応援に駆り出され、店の従業員とともに団地に住まうことになった。店には兄夫婦が住み、団地の2DKに住むのは、主人公と手紙魔の女性、映画好きの板前とまだ子どもっぽさが残る若い店員2人の合計5人。
ここに店の客となった団地住民である大学の先生や、入居は開始されたが、まだ、一部に工事中の部分が残る団地の建設に携わるちょっと荒っぽい職人たち、団地にある中学の校舎を設計した建築士などが絡む。
慌ただしく街が始動する。ただでさえ忙しい引っ越し、開店に年末が重なる。主人公の身体とこころは、新しい空間と他人にだんだん馴染んでいく。
多くの知らない人同士が出会うから、当然摩擦が生じる。出前で届けた寿司桶に、赤ん坊の大便を入れて返してきた家があった。主人公の兄はその家に行くと、返された桶をナタで叩き割り、「この器を洗って別のところへ出前してるなんて思われたくないんでね」と言ったというエピソードが語られる。
本稿を書くために、この作品を20数年ぶりに読み返したのだが、この話はなぜか覚えていた。いつの時代もこういうひどい輩がいると思ったからか、シモのハナシは記憶に残りやすいからかは、よくわからない。
そして、主人公がこのエピソードを語った相手は、「サルトルとボーボワール」のように暮らす大学の先生である。先生は「この団地に住むようになってから、今は歴史の大変化の時だと考えるようになりました。政治的な変化というようなものではなく、人間の変化です」といかにもな発言をする。大変化とは「水洗トイレ」のことなのだが、60年代団地の〝文明的〟側面を言い当てていると思う。隔世の感があるが。
また、田無にも映画館があるという話や、当時貴重品だったステレオやレコードをめぐる「いい話」もある。主人公が住む2DKに、同居する板前が高価なステレオを買ったので、それを初めて聴くための「ステレオの日」が決められた。そして居住の5人とゲスト3人が集まり、あまり多くないレコードで、演歌からジャズまで脈絡のないジャンルの音楽を堪能する。なんともつましい話ではないか。
そして、ここに集まった人々はやがて散り散りになることが示唆され、これが作品のタイトルにもなる。
《「一九六三年三月第三月曜日に集った兄弟たちは散って行った。》
団地の外れの闇
筆者が個人的に驚いたことがあった。団地にある中学を設計した人物が出てくることだ。彼は、「翼を広げたような」校舎や、階段の仕切り壁にくりぬかれた「円や雲の形」の穴など、さまざまに凝らした意匠について語る。実際に校舎はまっすぐではなかったし、階段にそういう「穴」が開いていた気がする。「大鵬の池」というのがあったが、これは「翼を広げた鳳凰」の意味だと聞いた覚えがある。先の意匠と関係があるような、ないような。この作品にはかなりのホントが埋め込まれていると感じた。以下に、筆者の記憶を少し述べる。
この中学は団地の外れ、というより東京都の外れに位置していた(現存する)。いま考えると、あわてて造られた感にあふれていた。校庭は隣接する小学校と共有。この小学校は少子化のため現在廃校となったが、小学校の校庭面積のほうが広かった。
体育館は筆者が入学した71年1月にできたばかりで、玄関すらないという〝間に合わせ〟仕様。63年開校だから8年近く経ってやっとできたことになる。おまけに、体育館は狭い校庭にではなく、県境の道を挟んで隣接する埼玉県に建てられたから、雨の日は傘をさして体育館に行き、非常口から中に入った。玄関ができたのは4年後のようだ(東久留米市立東中学校のホームページを参照した。なんで4年もかかった ?)。なんという計画性のなさ。なぜそんなことになったのか、仮説はあとで述べる。
作品に戻ると、団地への第一次入居は62年12月で、その後も団地の工事は続き、工事と〝同居〟する様子が描かれている。団地から少し離れた林の中には複数の飯場があったようだ。団地と対照的な得体の知れない闇という描写がされている。当時、まだ市街地の外れに団地があり、さらにその周縁に怪しげな空間があるという構図は、強い印象を残す。
飯場の関係者は主人公が手伝う寿司屋に出入りしていた。そのなかの一人、先の「ステレオの日」にも参加していた塗装工が、痴情のもつれから殺されるという事件が起こる。
この作品にとっては、「ステレオの日」とは比べものにならないほど大きな事件だと思うのだが、この話は展開していかない。あの日集まった「兄弟」たちが、一人ずつ「散って」いくことが述べられるだけだ。
勝手なことを言えば、この事件が、主人公と関係者を巻き込むような小説だったら、もっと面白いのにと思った。しかし、干刈あがたの作風ではないとは思う。これが書かれた80年代半ばあたりは、エンターテインメント系と〝純文学〟は別ものと考えられていた時代だったともいえるだろう。
この小説はエンタメ系の展開ではなく、団地誕生から約20年後、この地で入院中の兄を主人公が訪ね、当時を回想するという構成をとっている。主人公は団地を離れて久しく、離婚の経験者だ。このあたりが干刈らしいのだが、なぜ「あの頃」を回想しているのか、よく伝わってこない。単純に、書き足りていない印象を受けた。
さらに勝手を言えば、バージョンアップしてほしいと思うが、それはかなわない。作者が92年に病気で亡くなってしまったからだ。
時を経て、東久留米団地は「グリーンヒルズ東久留米」となり、ランドマークの赤い巨大なアンテナも消えた。干刈あがたという作家が、東久留米団地を舞台にした「月曜日の兄弟たち」という作品を描いたことも、忘れられようとしている。
団地は軍事施設に建てられた
東久留米団地は、旧日本海軍の軍事施設(大和田通信隊)の跡地に建てられている。東久留米の団地と軍事施設の親和性は高く、ひばりが丘団地の一部は中島飛行機の工場(中島航空金属田無製造所)だったし、滝山団地のすぐ近くには旧陸軍の「北多摩通信所」があった。
太平洋戦争の間、東久留米団地周辺は大和田通信隊の施設の領域に入っていて、多数のアンテナが存在していたようだ。この施設の用地は、もともと農地や雑木林だった。それが、海軍の通信基地となり⇒敗戦で国有地となる(農民に返還せず)⇒それが団地の用地となった。
*以上詳しくは『東久留米の戦争遺跡』(東久留米市教育委員会)。本連載5回「フェンスの向こうのアメリカ 北多摩編」を参照。
ここからは、先の中学の体育館が埼玉県にあることの仮説だ。
団地や隣接する小中校の敷地は、軍事施設だった領域をそのまま引き継いだ。学校については校舎や校庭を造ることを優先して、校庭の狭さなど考慮せず、スペースを割り当てた。体育館のスペースは払い下げされた国有地には入っておらず、あらためて買収しなければならなかった。よって、開校には間に合わず、8年近く経ってやっと増設した。
これも仮説だが、国策である団地建設推進のためには、校庭の大きさや体育館などどうでもよかったのだろう。なぜ体育館に玄関を設置するのに4年もかかったのかは、謎だ。
*連載のバックナンバーはこちら⇒
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