北多摩戦後クロニクル 第48回
2021年 東久留米駅西口に「ブラック・ジャック」像設置 マンガやアニメでまちおこし

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年12月5日

 2021年3月10日、西武池袋線東久留米駅西口のローターリーに、マンガ家手塚治虫の代表作のひとつ『ブラック・ジャック』の主人公像が設置され、その除幕式がおこなわれた。手塚治虫は1989年に亡くなっているが、晩年の約10年、東久留米市に住んでいたという縁があり、東久留米市のまちおこしに〝一肌脱いだ〟かたちになっている。

 

ブラックジャックとピノコの像

ブラック・ジャックとピノコの像は東久留米のシンボルとなるか?(2021年3月10日撮影)

 

手塚ブランドの活用

 

 東久留米市は1970年10月1日に市制が施行され、2020年度に市制施行50周年記念事業が実施されてきた。その事業の一環としてこの銅像は実現した。銅像に加え、『ブラック・ジャック』のキャラクターをあしらったデザインマンホールを5枚作成、市役所や中央図書館の前など市内5カ所の道路に設置している。

 募金協力などでこの事業に協力したNPO法人「東久留米みんなの夢広場」は、この事業の目的を次のように述べている。市や商工会議所が推進する「観光事業の一翼として、東久留米がマンガの聖地として自慢できる我が街『手塚先生=東久留米市』となれるよう、またこのシンボルが他のイベントとコラボレーションすることにより人々の来訪を促し、市内の特産品、名所、湧水の街をアピール」する。つまり、〝マンガの神さま〟といわれる手塚ブランドの力を借りて地域振興を企図する、ということだろう。

 

デザインマンホール

市役所の前にあるデザインマンホール

 

東京都や豊島区の施策

 

 マンガやアニメを活用して地域を活性化しようという試みはいたるところでなされている。東京都は率先してそれを推進しているようだ。都には「アニメ等コンテンツを活用した誘客促進事業費補助金」という制度があり、「ブラック・ジャック」像もこの補助金を活用している。補助金の申し込み要件を見ると、「デザインマンホール」も補助の対象となっている。

 また、この8月、「池袋・豊島・西武沿線 レトロ百貨店」という展覧会が西武池袋本店でおこなわれた。いわば〝デパートおこし〟のイベントだが、ここでも西武池袋線で池袋の隣、椎名町近くにあって、やがてマンガの巨匠になる人々が暮らした「トキワ荘」のミニチュア模型が展示されていた。「ときわ荘」は手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫らが若かりし頃、集団で暮らしていたアパートとして有名だが、西武百貨店のこのイベントではここを〝近所の聖地〟として扱おうとしていた。

 

「レトロ百貨店」のチラシ

「池袋・豊島・西武沿線 レトロ百貨店」のチラシ

 

 豊島区は、「トキワ荘」があった場所の近くに区立「トキワ荘マンガミュージアム」をつくっている。近隣には「トキワ荘マンガステーション」という図書館、「トキワ荘通り昭和レトロ館」(昭和歴史文化記念館)、「お休み処」もあり、通りの名も「トキワ荘通り」である。マンガによる地域振興の本気度がうかがわれる。

 東久留米も、先のNPO法人「東久留米みんなの夢広場」は、「駅前より小金井街道までを『手塚通り』とし、オブジェを中心に大勢の人が集まる語らいの場(夢広場)を作ること」をサイトで標榜しているが、その本気度が問われるだろう。

 

西武池袋線とマンガ家の物語

 

 「トキワ荘」に集っていた大御所たちの多くは、その後も西武線沿線に住みついたようだ。マンガ家はマンガ家を呼ぶ。大御所の弟子筋の人や若い時大御所のアシスタントをしていた人がマンガ家として一本立ちし、この沿線に住む……ということで、この沿線にはマンガ家が多いように思える。

 「トキワ荘」住人のひとり、石ノ森章太郎の仕事場は西武池袋線の桜台にあったという。これは竹宮惠子の自伝的エッセイに載っていた。彼女はマンガ家になるために上京すると、担当の編集者の紹介で石ノ森章太郎の仕事場があった練馬区の桜台に住んだ、とある。

 その後、竹宮は西武池袋線の大泉学園に住むことになる。そこに意気投合した萩尾望都が加わり共同生活が始まった。それは1970年秋のことだった。そこは少女マンガ界の「トキワ荘」のイメージであり、やがて「大泉サロン」と呼ばれるようになった。しかし、才気あふれる若い作家の同居生活が長続きするわけがない。2人は互いに傷つきながら訣別する。その話は長く封印されていたが、萩尾が封印を解くエッセイを刊行したので、一般読者の知るところとなった。

 これは大泉学園の秘められたマンガ家物語だが、今年2月に亡くなった松本零士と大泉学園の関係が深いことは有名だ。大泉学園駅の発車メロディは、劇場版『銀河鉄道999』のテーマ曲だし、駅には大きなパネルやオブジェもある。これは松本が大泉在住で、なにかとこの地に肩入れしていたことによると聞く。

 物故者が続くが、21年12月に亡くなったマンガ家・古谷三敏(手塚治虫、赤塚不二夫の元アシスタント)がオーナーをしていた「BARレモン・ハート」も大泉学園にある。古谷の「BARレモン・ハート」は、酒と酒場のうんちくマンガで超長寿作品としても知られていた。

 さらに大泉学園には東映の東京撮影所とその関連の東映動画があった。現在、大泉学園駅の北口の通路には、関連する作品がパネル展示されていたり、キャラクターの銅像が置かれ、「アニメの街」であることを主張している。東久留米市の銅像は、これを意識しているのかもしれない。

 

メーテルと鉄郎の像

大泉学園駅北口のコンコースにある『銀河鉄道999』のメーテルと鉄郎の像

 

東久留米市はどこまで本気 ?

 

 さて、東久留米とマンガということでいうと、高橋留美子の『めぞん一刻』を挙げないわけにはいかない。80年代のラブコメディで、名作といわれている。作品に登場する駅舎、商店街、踏切、スナックetc.は、東久留米がモデルだといろいろなところで指摘されている。作品連載当時、東久留米に住んでいた作者 (現在は大泉学園在住のようだ) が、実在するそれらを作品の舞台として取り入れたというのである。一例を挙げると、何度も登場する「時計坂駅舎」は、いまは取り壊された北口の駅舎そっくりだ。

 2009年、東久留米北口駅舎が建て替えられる際、地元の商店街有志が、さよならイベント「めぞん一刻時計坂駅面影巡りスタンプラリー」を催した。このとき、駅名の看板を1日だけ「時計坂」としたり、そのポスターにヒロインの「管理人さん」を載せているところをみると、作者本人が『めぞん一刻』の舞台は東久留米である、と半ば公認していると思える。

 にもかかわらず、東久留米市は『めぞん一刻』にあまり関心があるように思えない。たしかにずいぶん前の作品である。しかし、〝観光地〟としてマンガ・アニメで人を呼ぼうというのなら、手塚治虫だけではなく関連するコンテンツをさらに探るべきではないだろうか。間違いなく、そういう〝お宝〟はもっとあるはずだ。
(杉山尚次)

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【主な参考資料】
・マンガ「ブラック・ジャック」を通じた東久留米市の地域振興について(東久留米市
・東久留米みんなの夢広場(HP
・めぞん一刻時計坂駅面影巡りスタンプラリー/東久留米北口駅舎さよならイベント@東久留米市(「人は島嶼にあらず」)
・竹宮惠子著『扉はひらく いくたびも―時代の証言者』(聞き手/知野恵子、中央公論新社)
・萩尾望都著『一度きりの大泉の話』(河出書房新社)

 

杉山尚次
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