北多摩戦後クロニクル【写真特集】
武蔵野・永遠のふるさと 写真家・飯島幸永

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年8月8日

 敗戦前後から北多摩の歩みをたどってきた連載企画「北多摩戦後クロニクル」は前回で1980年代に入った。当時、この地域はどんな表情を見せていたのか。写真家の飯島幸永さんは長く武蔵野に暮らしながら「風土と人間」をテーマに作品を撮り続けてきた。今回は「写真特集」として、1981(昭和56)年を中心に武蔵野の四季と人々の営みを捉えた飯島さんの写真とエッセーをお届けする。(編集部)

 

小金井公園の夏休み

小金井公園の夏休み

東久留米の農家

東久留米の農家

 

玉川上水の水を風呂に

 

 私は江東区の下町に生まれ、高校2年まで暮らした。台風の季節になるとよく水害に見舞われる一帯で、河川が決壊して床上まで浸水し家財一切を高く積み上げた経験が2度ある。そんなこともあり、両親と子供4人の一家は小金井市の小金井公園近く、玉川上水が目の前を流れる土地を買い2階建ての木造家屋を新築して引っ越してきた。1959(昭和34)年の春で16歳だった。

 ここから1年間、両国にある高校に通った。下町育ちの私は環境の変化に戸惑いながらも次第に畑と雑木林が広がる新天地が身近になっていった。国木田独歩の「武蔵野」を読み、万葉集にもうたわれていると知ったことでも強い郷愁を覚えた。我が家はその「武蔵野」に登場する桜橋に近く、たもとにある文学碑を読んで、「独歩が歩いたのはこの橋なのか」と感激したりもした。

 その頃の玉川上水は木々が鬱蒼と茂って薄暗く、たっぷりとした水が滔々と流れていた。その水をバケツでくみ上げ、我が家の風呂水としてしばしば使った。春には堤の桜並木が見事に開花し、家の前を散策する人が行き交った。

 当時、自転車がもっぱら私の足だった。小金井公園には足繁く通った。春にはソメイヨシノ、山桜、里桜などの花の賑わいと芽吹きや瑞々しい新緑の雑木林。夏にはセミの合唱に囲まれてのリスや小鳥との出会い。秋は絢爛たる紅葉に心奪われ、冬は落ち葉を踏みしめる乾いた音や肌刺す冷たい空気。どの季節も私の心を満たしてくれた。

 自転車で小平方面にも出かけた。「秩父おろし」で知られる冷たい風をよけるためのケヤキに囲まれた旧家の屋敷なども武蔵野の代表的風景だが、買ってもらったカメラのレンズを手当たり次第に向けたものだ。武蔵野の空気と水、風、花、風物、あらゆるものが自然に体に馴染んでいった。

 

雨の小金井公園

雨の小金井公園

 

消え残る風情、心の滋養

 

 余談だが、作家の太宰治が愛人と入水心中した玉川上水、三鷹付近の現場写真が掲載されている新聞記事を最近目にした。この事件のことは知っていたが、引き揚げられた太宰の遺体がコートで隠されていたものの足が見えていて、周囲に警官と野次馬がいるリアルな写真だった。私は太宰の「津軽」を読んだのがきっかけで、今も津軽の風土を撮影対象として取り組んでいるが、その意味で太宰は切り離せない。屈折した大作家の無惨な姿に「なぜ上水を選んだのか」と問い掛けながら写真に釘付けになった。「武蔵野」という響きが、ロマンと死に誘う何かがあるような気がしてならない。

 その後、写真学校を出てから写真家杉山吉良の助手になり、小金井の自宅から先生の事務所がある銀座に電車で8年間通い、フリーになってからも小金井に住み続けた。その頃油絵も勉強していたので、日曜になると小金井公園の雑木林に入り一日中絵筆を執った。また、平林寺近くにある野火止用水やお鷹の道、農家の収穫風景、深大寺、正福寺、狭山湖などをカメラに収め、発表することもなく一人楽しんでいた。

 

野火止用水(新座)

平林寺近くの野火止用水(新座)

お鷹の道(国分寺)

お鷹の道(国分寺)

大根の収穫(西東京)

大根の収穫(西東京)

秋の正福寺(東村山)

秋の正福寺(東村山)

 

 この40年余りで武蔵野の自然も宅地造成などのため破壊され大きく変貌してしまった。ケヤキ並木、ナラやクヌギの林、ススキのそよぎ、小鳥のさえずりまで「かつて」の情景になり、過去の思い出になってしまった。広大な畑は宅地化で消えていった。

 しかし武蔵野の代表的イメージであり、ロマンを駆り立てて止まない雑木林に沈む落日の風景は今でもそこかしこに残り、散策の友になっている。齢80になった私の住まい近くには狭山丘陵があり、たまには雑木林に入って葉音や鳥の鳴き声を耳にして心の滋養にしている。武蔵野は私にとって永遠の心のふるさとなのである。

 

雨露をたたえて(小金井公園)

雨露をたたえて(小金井公園)

武蔵野の木立を散歩する

武蔵野の木立を散歩する

 

飯島幸永

【筆者略歴】
 飯島 幸永(いいじま・こうえい)
 1942年生まれ。埼玉県所沢市在住。日本写真家協会前理事。日本著作権協会理事、主な写真集に『人間上村松篁』(小学館)、『日本画家・堀文子 美の旅人』(実業之日本社)、『寒流 / 津軽のおんな/ 越後・雪下有情』(彩流社)、『暖流 / 八重山諸島につなぐ命』(同)など。現在、展覧会、講演会のほか写真教室「永楓会」を主宰。長野県松本市でも写真教室を開いている。

 

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