まちづくりのプレーヤーが集う 西武沿線プチサミットひばり編
飯能、所沢、東久留米、ひばりが丘、小平、西武柳沢、東伏見、椎名町。集まった人のバックグラウンドを見ると見事に西武池袋線、西武新宿線の駅名が並んだ。
東久留米市学園町在住の荒昌史さんと西東京市でまちづくりを推進する若尾健太郎さんが仕掛けた「西武沿線プチサミットひばり編」とはどんな人たちが、どんな繋がりで集まって、何をするのか、東久留米市在住の筆者は興味津々で参加した。
何の集まりだろう?
7月8日夕方4時過ぎ。西武池袋線ひばりが丘駅南口にあるPARCOの前。西武ライオンズのTシャツを着た荒さんの周りに少しづつ人が溜まってきた。
学生ではなさそうだけど、スーツ姿の会社員風でもない。見たところ20代から40代の人が多いかな。女性も男性も。親しそうに話をしている人もいるが、互いに少し距離をおいている人が多い。
「何の集まりだろう。」
人の行き交う入り口付近で集まる人たちを遠巻きに見ている人もいる。
30人ほどが集まった。荒さんと若尾さんの簡単な挨拶の後、一行は線路に沿って東久留米方面に歩き出した。ゆっつくり歩いて5分ほどで小さな広場に着いた。
広場があるのは東久留米市学園町。道の反対側は西東京市ひばりが丘1丁目だ。きちんと清掃された敷地に堂々と松の古木が聳えている。
「およそ90年前に自由学園によって開発された住宅街は、当初は一面赤松の林であった。それぞれの住宅にも赤松の巨木が残ってはいるが、時の流れと共に少なくなっている」
一同は荒さんの話に耳を傾ける。
「開発当初は500坪単位で販売された学園町だが、近年相続などで小さい単位で売買されるようになった。それに伴い、松林、竹林などが少なくなってきた。学園町の環境と景観を守りながら、コミュニティーの活性化を図っていきたい。仕事でやってきた専門性を自分の暮らすまちで活かすべく、活動しています。今日は皆さんからもアイデアをいただききたい」と話した。
確かに歩いていると何カ所か更地を見かけた。以前からたまに見かけることはあったが、まちの変化が加速しているように感じられた。
自由学園、しののめ茶寮、学園町で最も古い建築、などを眺めながら進んでいくと角に広い更地が出現した。
「とても残念な光景なのですが、ここも竹林だったのです」と荒さんが話す。「この土地の入札に参加したが負けてしまいました」と悔しそうだった。
ひばりが丘団地の未来
学園町の通りからはひばりが丘団地の高い建物が見える。バス通りを渡ればひばりが丘団地だ。
「ピピ通り商店街は、昨年アーケードを撤去しました」と若尾さんが説明する。「あ〜こんなに感じが変わるんだ〜」という声が聞こえる。毎日のように目にしている筆者でも、改めて見るとちょっと違和感を覚える。
ここからのナビゲーターは若尾さん。ひばりが丘団地地域でエリアマネジメントをする「一般社団法人まちにわ ひばりが丘」の事務局長をしている。
ひばりが丘団地は1959年(昭和34年)に首都圏初の大規模住宅団地として建設された。40年以上経過した1998年より建て替え事業が行われた。若尾さんの案内で、一行は生まれ変わった団地「ひばりが丘パークヒルズ」と民間の住宅が混在するひばりが丘団地エリアを歩いて巡った。
「子どもの頃は暗くて怖かったから近寄らないようにしていた」
「ずっと昔に来た記憶しかなくて」
という声が聞こえる一方、
「スターハウスは昔っぽくてかわいい感じ」
「建物ごとに仕切りがないから、広々していて気持ちが良い」
と昔の団地のことを知らない参加者も多くいた。緑に囲まれた建物の間を進み、こちらも旧ひばりが丘団地の名残である「ひばりテラス118」に到着した。
多種多様な人が集まった
ここから第2部。
屋内で再び、荒さんからは学園町の、若尾さんからはひばりが丘団地の歴史や現在抱えている課題などのプレゼンテーションがあった。住宅地、商店街、団地、他の地域でも抱えているであろう課題についての話を、参加者たちはリラックスしながらも、真剣に聞き入っていた。
交流会の前に簡単な参加者紹介があった。
自由学園の先生。農業経営者。西武鉄道の社員。西東京市、東久留米市、所沢市役所職員。デベロッパー社員。西武柳沢、武蔵野市、椎名町、飯能でまちづくり活動をする専門家。空き家プロジェクトに関わる人。情報発信をする人。まちづくりの会社でインターンシップ中の大学生。荒さんのフットサル仲間。
本当に多種多様な参加者が集まった。共通するキーワードは「まちづくり」「おもしろいことを考える」だろうか。自分の関わるまちをより良くしたいと思う気持ちで活動したり、その活動に関心を持っている人たちが集まっていた。
会場のあちこちで挨拶が交わされ、名刺を交換している。2人、3人ずつの小さな輪がいくつも見られる。印刷物を用意して自分の事業を説明する人、再会を喜び合う人、じっくり話し込む人。地元の話題、事業の話題、活動の相談も。ここに来た目的もさまざまな様子だ。
参加者の1人船木公一郎さんに話を聞いた。
「こういう集まりが次につながるようにしたいと思います。当たり前の暮らしが大切。行政に任せず、自分たちで活動を続けていけるようにしたい」と話した。
野崎林太郎さんは「ここ(ひばりテラス)が西東京市と東久留米の境にあることを知らなかった。行政の垣根を越えて何かできるかな、という気もする」と話した。
集まった人の間を行き来する仕掛け人の荒さんは「とにかく楽しい!」と笑顔で一言。
リアルに人と集まることが難しかった期間を経たせいか、この場の熱量が一層大きく感じられた。
夏の宵、まちづくりのプレイヤーたちを繋ぐ集まりは賑やかに続いた。住まいと環境、学校とまち、食べる人とつくる人、開発と創造、それらが共生し、続いていくためには人の思いと多くのつながりが必要だと実感するひとときとなった。
(渡邉篤子)
【関連情報】
・若尾健太郎(まちにわひばりが丘、facebook)
・荒昌史(HITOTOWA Inc.)
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