【書評】川村匡由著『社会保障崩壊-再構築への提言』

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年12月10日

書影

◎二種類の「崩壊」論
 師岡武男(評論家)

 社会保障の「崩壊」論には、主張に二つの方向性がある。一つは給付の内容が貧弱になって本来の目的が果たせなくなっていると言うもの。もう一つは少子高齢化とともに給付額が大きくなって、その財政負担のために現行制度が持続できなくなっていると言うものだ。政府や多くの専門家の意見は後者だ。しかしこの本の主張は前者である。社会保障充実で安心、安全の日本経済をつくろうという提唱だ。

 

 二つの議論の分かれ目は、社会保障の目的を、憲法第25条の実現に置くかどうかである。改めて社会保障の定義を確認しておこう。「病気、老齢、失業、多子などによる困窮の原因に対して公費の負担で経済保障し、生活困窮に陥った者には国家扶助によって最低限度を保障する」(1950年、社会保障制度審議会)という制度である。公費には社会保険料も含まれる。

 この本は、制度の内容を解説したうえで、その現状について、年金、医療、介護、子育て、生活・雇用などへの保障が、30年に及ぶ低成長、低所得経済の下でじわじわと抑制されて制度が「崩壊」してきたことを、詳しく説明する。日本の社会保障の状況についてのわかりやすい入門書でもあるが、崩壊を防いで再構築をするための提案を目的としている。

 

憲法25条の完全履行

保障の貧弱化は多くの人々が実感していることだが、こうして総まとめされると、具体的にどこを改善して再構築すべきかを考えるのに役立つだろう。本書の提案は、「憲法第25条で定める生存権の保障および国の社会保障的義務を政府に完全履行させる」ことだが、個々の制度の改善案を揃えたものではない。

 給付拡大抑制論にも、抑制だけでなく拡大を求める部分はあるが、政府の推進する「全世代型社会保障」論は、子育て支援の給付増加を求める代わりに、どこかを減らそうとしている。

 給付の崩壊を防ぎ、再構築することに反対する人は少ないだろうが、再構築への最大の課題は、やはり財源である。崩壊に向かっているとはいえ、日本の給付費がGDPとの比較でとくに低いわけではない。OECD基準の社会支出の国際比較は、日本25.46%、米国24.13%、ドイツ27.63%、フランス31.51%、スウェーデン25.47%などと並んでいる。ただしGDPの水準が低ければ給付の額も低くなる。日本の低成長が痛いが、給付率が一応国際標準に達している状況下で、対GDP比を拡大するのは簡単ではない状況だ。

 給付の全面的な改善を目指すには、社会保障のあるべき姿について、憲法第25条に求めるか、財政負担の抑制に配慮するかが大きな争点である。この本は、はっきりと憲法の立場に立っている。では具体的な再構築案はどうか。提起された再構築案は、単に財源対策だけでなく日本と世界の政治、経済、社会の改革案にまで及ぶ広範なものになっている。それだけの広がりを持った問題ではあるが、ここでは直面する課題である財源問題に絞って考えてみる。

 

「応能増税と財政民主化」で済むか

 社会保障充実のためには、給付する現物(財・サービス)の供給増加と財政資金(公費)の増加がともに必要である。公費がいくらあっても、現役生産者の生産物が足りなければ給付はできない。その意味で、供給の拡大(経済成長)が基本だ。今の日本経済にはまだ十分にその力があるだろうが、長期的には大きな課題だ。従って現状では、財源対策は公費の増加対策が中心になる。

 公費財源の追加には税金、社会保険料の増額と既存歳出の減額があるが、その内容が問題だ。本書の再構築対策は、所得と資産への応能負担の増額が中心である。これは目新しい対策ではなく、一般的に理解されやすいものだろう。いくつかの野党も主張している。しかし増税の具体案や増収額については言及していない。それは、給付の改善案と同様だ。さらに具体的な案を期待したい。ほかに既存歳出の削減のための財政民主化も提唱されているが具体案はない。

 もう一つ望みたいのは、国債による財源についてだ。著書には「政官財癒着による赤字国債乱発」「世界に冠たる借金大国」という言葉が出てくるが、国債による公金収入は、通貨発行権に裏付けられた国の資産であって「借金」ではない。税金と社会保険料は財政学でいう「強制獲得」財だが国債は自前の金である。

 今、社会保障崩壊による困窮者がどんどん増えている時、その救済は一刻を争う事態であり、将来の増税による再構築では間に合わないのである。是非とも国債増発による財源案の提起を期待したい。(了)

 

【書籍情報】
書名  社会保障崩壊-再構築への提言(Amazon
著者  川村 匡由
出版社 あけび書房  
定価  1980円(1800円+税)
出版年 2023年12月
ISBN   978-4-87154-245-6
新書  168ページ

 

【著者略歴】
 川村 匡由(かわむら・まさよし)
 1969年、立命館大学文学部卒。1999年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士学位取得、博士(人間科学)。
 現在、社会保障・社会福祉学者・武蔵野大学名誉教授、行政書士有資格。シニア社会学会、世田谷区社会福祉事業団各理事、武蔵野徳洲会病院倫理委員、福祉デザイン研究所所長、地域サロン「ぷらっと」主宰、山岳紀行家。
 主著 『入門 社会保障』(編著)、『介護保険再点検―制度実施10年の評価と2050年のグランドデザイン―』、『入門 保健医療と福祉』(同)、『入門 社会福祉の原理と政策』(同)、『入門 地域福祉と包括的支援体制』(同)、『入門 高齢者福祉』(同)、『入門 保健医療と福祉』(同)以上、ミネルヴァ書房、『改訂 社会保障―福祉ライブラリ―』(同)建帛社、『老活・終活のウソ、ホント70―データや研究実践、経験からみた実像―』大学教育出版、『人生100年時代のニュー・ライフスタイル―『新しい生活様式』を超えた医(移)・職・住―』あけび書房、『地域福祉とソーシャルガバナンス―新しい地域福祉計画論―』中央法規出版ほか。
 *川村匡由のホームページ http:kawamura0515.sakura.ne.jp/

 

 

師岡 武男
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