物価高と円安と経済競争力の関係について

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年11月19日

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第34回

師岡武男 (評論家)
 

 物価高の大きな原因として円安があるが、関連して円安は日本経済の国際競争力の低下のためだと言う議論があって、問題を複雑にしている。それらの基本的問題点を考えてみる。

 経済競争力とは同種・同質の商品の販売競争力を指す。
 競争力の強弱の主な要因は、販売価格の高低である。
 為替レートは自国と他国の異種貨幣の交換比率。

 日本の物価が上昇してインフレ化すれば、販売競争力は弱まる。低下してデフレ化すれば強まる。インフレ化すれば貨幣価値が下がるので、外貨との交換率で円安要因となるが、円安になれば、競争力は回復する。逆にデフレ化すれば、輸出が増えて円高要因となる。

 日本経済はインフレでなくデフレ傾向なので、競争力は強まり、円高要因が強まっている。円高になれば輸出力は弱まるので、外国側はそれを期待しているはずだ。昔から、いわゆる国際経済戦争の有力な武器は為替切り下げである。

 しかし現実のレートは逆に円安が続いているので、日本の競争力はさらに強まっている。なぜ円安なのか。為替レートを動かすのは物価による購買力の変化だけだはなく、各国の金利水準の違いが大きく響く。当面のマネーゲームで、金利の高い貨幣が買われる。今、ドル高円安になっているのは、主に米国の金利高のためだ。日本品の価格競争力が弱いためではない。結果として日本の競争力はますます強まる。

 

円安は輸出増、輸入減の要因だが

 

 この事態は何をもたらすか。日本の輸出は増えて輸出産業は繁盛する。観光業も輸出産業だ。一方輸入品は高くなるので輸入は減って、国内の競合産業は助かるのが本来の市場原理だが、それは国内生産があってのこと。国内生産できなくなった必需品、燃料や原料は、高値でも買わなければならないので輸入インフレ要因になる。日本の現状がそれだが、国内生産をもっと増やせば輸入を減らせる。そのための国内生産復活の現実の動きもあるはずだ。

 輸出産業が繁盛しても、その黒字を日本での消費、投資の内需に使わなければ、国民生活を豊かにすることなく、外国への金貸し大国になるだけだ。これも日本の現状だ。多額の貯金を持ちながら、貧しい生活を送るようなことになる。

 なお、今のドル高は、米国の需要インフレ抑制のための利上げが主因だが、ドル高がいつまでも続くことはないだろう。ドルの販売力、覇権力は遠からず行き詰まるだろう。それはドル安の要因となるはずだ。

 

今の円安の問題点

 

 日本の対外競争力は、外国よりもインフレ率が低いので強まっているはずだが、貿易収支はマイナスになることが多い。つまり競争力はまだ十分に強くはない。収支改善のためにはさらに輸出を増やして、輸入は減らす必要がある(総合収支は黒字なので必要ないのだが)。それにはもっと円安にすれば輸出が増えて、輸入を減らす力も強まる。しかし必需品の輸入は減らせないので、輸入抑制の効果よりも物価高への悪影響が問題だろう。

 円安による物価高を防ぐにはどうすべきか。円高にする為替政策はあるのだが、円高は経済全体へのマイナス効果が大きい。不況要因そのものだからだ。そもそも今の日本経済の長期停滞の原点は、1985年のプラザ合意による円高不況だった。戦後の高度成長は、円安による輸出で稼いだ外貨によって、燃料・原料の輸入を拡大して生産を増やしてきたのだが、円高の急ブレーキがかかった。その円高不況を防ぐための超金融緩和によるバブル経済が崩壊して大不況となる。企業は生き残りのためにコストカットと値下げ競争に走り、低賃金による消費減退とデフレの悪循環となった。それが今も続いている。

 今の輸入インフレの原因は、円安のほかに、外国での燃料・原料などの値上がり自体が大きい。円高はそれへの抑制効果もあるが、円高だけで済む問題ではない。輸入インフレを防ぐ対策は、輸入業者と消費者への財政的支援で行うことができる。その財源は円高で儲けた企業への税金だけでなく、公債を含む政府資金による負担で賄うべきだ。それは積極財政による経済弱者への富の再配分になるが、財政資金には十分の余裕がある。外国産品の値上がりに対する外貨資金にも全く問題がない。日本は世界一の対外純資産保有大国である。2022年末の対外純資産残高は418兆円もある。

 

ビッグマック指数と円安の関係

 

 ビッグマックという米国の食べ物が世界中で売られているので、一物一価の観点から各国でいくらの値段で売られているかを調べて、為替レートの在り方を見る指標とされる。一商品による「購買力平価」として、現実の為替レートと比較されて、現実レートの在り方などが論じられる。

 23年8月に発表された数値は次の通りだ。米国で5.58ドル、日本で450円。これによる購買力円レートは1ドル80.65円となる。しかし現実のレートは142.08ドル。この現実レートで米国人が日本でマックを買えば3.17ドルになる。日本産は大変安いことになる。1ドル142円では円安ということだ。どれだけ安いかというと、80円の購買力レートに比べると43%のマイナス(円安)になる。この-43%はビッグマック指数と名付けられているが、各国別にプラスとマイナスがある。

 日本の円安にどう対処すべきか。競争力が大変強いのだからもっと値上げをしてもいいし、安売りのまま薄利多売で外貨を稼いでもいいだろう。

註:ビッグマックの代わりに、仮定のリンゴの値段とドル相場との関係で、わかりやすく計算してみよう。リンゴ一個が米国で1ドル、日本で100円だとする。購買力レートは1ドル100円になるが、現実のレートは200円だとする。この場合、米国は日本から輸入すれば0.5ドルだから50%安く買える。日本人が米国で買うと200円必要だ。これが円安ドル高だが、日本の業者は損するわけではなく、売り上げは増えるだろう。レートの、高値率と安値率は計算方法が違うことに要注意。この場合、円にとっては50%安、ドルにとっては100%高になる。つまり輸出はドルで50%安く、輸入は円で100%高くなる。ビッグマック指数は、各国通貨の側の高安を示している。リンゴの場合は-50%になる。

 

 

師岡 武男
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