Print This Post Print This Post

「公助」が大切、生活再建の視点を 西日本豪雨の支援活動報告会

投稿者: カテゴリー: 環境・災害 オン 2018年10月12日

(クリックで拡大)

 大規模災害が起きると、各地からボランティアが駆けつけます。災害現地の課題はなにか-。西東京市で活躍する市民団体「西東京レスキューバード」主催の「支援活動報告会」が開かれました。その模様を伝える代表、荘雄一朗さんの寄稿です。(編集部)

 

若き防災アドバイザーを招く

 10月7日(日)の夜、西東京レスキューバードは、谷戸公民館視聴覚室で、ご縁あってジョージ防災研究所を設立し活動する若き防災アドバイザー小野修平さんを招き、愛媛県西予市を中心とした3カ月間の支援活動についての報告会を実施した。参加者は約60名。

 社会福祉協議会、避難所運営協議会、民生委員、育成会、地域包括支援センターなど市内の各団体、また、障がい者の自立支援に関わる方、そのほか広く講師と関係のある方々が参加され、講師の日頃の活動の幅広さが伺えた。

 

防災支援活動の報告に聞き入る参加者

 

 今回の実施にあたっては、「教えて!もしもの避難所ネットワーク」(市内の各避難所運営協
議会の有志で運営している連絡会)に協力頂いた他、西東京市社会福祉協議会にも後援頂いて実施することができた。

 講師である小野修平さんは、防災アドバイザーとして市内外の学校や企業、保育所、マンションなどの防災支援のほか、熊本地震の際も現地の避難所や障がい者支援の活動を続けており、活動の原点としている「誰も取り残されない防災」の視点が、西東京レスキューバードの活動理念とも響きあうことから、今回の報告会を企画した。

 

ボランティアセンターの現実

 報告会の冒頭で講師から、現在全国で社会福祉協議会が災害ボランティアセンター(以下災害ボラセン)を運営することが主流となっている中で、実際には災害ボラセンの活動が、来るボランティアを「さばく」ことに追われてしまっていることが多いのではないかとの指摘があった。本来、地域福祉のプロである社会福祉協議会が業務を担うことで、被災者の生活再建に寄り添うことができるはずなのに…、と講師が感じる場面が全国的には多いようなのだ。

 

支援の手薄なところへ

 今回の平成30年7月豪雨は、西日本を中心に広いエリアに被害をもたらし、「平成最悪の水害」と報道された。

 東日本大震災、常総水害、熊本地震などを経て、災害発生後の支援活動をボランティア団体や個人が担うようになってきている。ところが、今回の水害は直前の大阪府北部地震の支援に目途がつかないうちに発生し、また、被災エリアが非常に広いことも災いして、特に有力支援団体の配置に片寄りが生じてしまった。

 交通の面でもハンデがある愛媛県では、広島・岡山に次ぐ死者・行方不明者が発生するほどの被害があったのに、有力支援団体がほとんど名乗りを上げない状況が講師の元にも伝わってきていた。特に愛媛県西予市野村地区という肱川(ひじかわ)沿いのエリアがダムの放水の関係で広範囲に水没し、特に肝心の社会福祉協議会の建物が水没したという情報もあった。

 

当日の配付資料

 

 

 そうした中で、熊本支援などで培った内閣府などの人間関係や情報を生かし、内閣府や県社協を通じて連絡するなど現地に混乱無く受け入れてもらう配慮を行いながら、連絡を取り、支援先を愛媛県西予市に定めたという。

 

■ 地元センターが「神対応」

 愛媛県西予市は、人口約3万8000人、面積514k㎡(西東京市の5分の1の人口、約30倍の面積)。海と山に囲まれ、地域コミュニティが強く、行政職員や社協職員による住民状況の把握が日頃からしっかり行われているエリアという特色がある。

 一方、被災状況としては、野村地区だけで約650戸が浸水被害を受け、5名の方が亡くなっている。緊急放流前の消防団による緊迫した避難誘導の様子や、それでも防ぎきれなかった災害の様子も写真を交えて詳しく説明された。

 西予市の災害ボランティアセンターは、講師をはじめとする数は少ないがベストマッチな支援団体が集まったこともあって、機動的に活動できていた。特に、災害ボラセン開設後最初の三連休である14日から16日の期間に向けて、他の災害ボラセンでは全国からの災害ボランティアの受け入れに準備が間に合わないところも見られた中で、いちはやく準備や広報を開始し、1日当たり1000人を超える全国からの災害ボランティアを受け入れる日もあったほど。一部ではその対応を「神対応」と称賛する声も聞かれた。

 

■ 生活再建と「公助」の役割

 講師は7月11日から同市に入り活動を開始したが、支援に駆け付けた他の支援者ときめ細かな打ち合わせを繰り返し、現地スタッフに余計な負担を掛けない改善策や対応案を状況に応じて提供していたとのことで、講師の思いが他の支援者とも結びついて、力強い支援の輪が出来ていたことが伺えた。

 

支援活動を説明する講師の小野修平さん

 

 中でも象徴的と感じたのは、災害ボラセンでの住民ニーズの受付を行う受付カードや住民に配布するチラシの見直しを行った場面だ。水害時の片付けでは、カビの発生を最小限にするため「乾燥と消毒」が重要だが、既存の受付カードやチラシでは一般的な泥出しまでのステップしか記載されていなかった。ここに乾燥と消毒のステップを加え、それを徹底していった。住民に、安全安心な生活再建に重要なカビを防ぐという意識を周知することができ、災害ボラセン側にもその意識が広がり、併せて作業の進捗状況が明確化されていったという。深い知識と活動の目的を踏まえた指摘の典型的な例と感じられた。

 講演後半であえて強調されたのが、「公助」の大切さだった。日頃は「自助・共助」の大切さを耳にすることが多いが、災害時に支援の網目からこぼれ落ちていく人を減らす視点からすると、「公助」の機動的な対応が大切で、また、その「公助」を支援する外部支援力の上手な活用が重要なのだという思いが伝わってきた。

 

私たちの街の防災活動

 今後も、講師が、総合的に災害対応を考え、公助の支援の視点から行動してくれることで、発災後だけでなく、関係する諸団体等の日頃の防災計画や準備の高度化も図られていくのではないかと期待が高まる報告会だった。

 私たち地元の防災に関わる者としても、この報告会を通じ、まずは自らの防災対策を見直すところから始めて、自分たちの街の防災に対して出来ることから一歩づつ、様々な分野の力や視点を集めて、活動をしていかねばならないと気が引き締まる思いがした。

 そうした活動をしていくうえで、講師のような若い力がこの街にあることは、大変ありがたいことだ。興味を持たれた方は、ジョージ防災研究所のWebページにコンタクトされ、是非可能な範囲で支援頂ければと思う。
(荘 雄一朗)

 

【関連リンク】
ジョージ防災研究所
西東京レスキューバード

 

【筆者略歴】
 荘 雄一朗(しょう・ゆういちろう)
 1962年2月に東京都杉並区に生まれ、1歳のとき旧田無市へ。1980年に大学卒業後、金融会社に就職、人事畑が長いが経理、営業なども経験。1995年4月から7年半の関西勤務が阪神淡路大震災の直後であったことが都市と地震災害のことを考え始めるきっかけとなった。現在、西東京市社会福祉協議会の災害ボランティア養成講習会の受講生を核にして2015年4月に設立した市民団体西東京レスキューバードの代表を務める。
 学生時代から西東京市内で手話サークルや障がいのある子もない子も共に遊ぶ子ども会、影絵劇団などに関わり、関西でもろう和太鼓サークルなどに関わる経歴も持つ。

 

(Visited 225 times, 1 visits today)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA