
「間口は広く、敷居は低く、でも奥行きは深い」 自由学園でウクレレ の特別授業
新型コロナウィルス感染症は飛沫によって広がると認識され、歌や管楽器の演奏が厳しく制限されている。自由学園(東久留米市学園町)では、中等科の音楽の授業にウクレレ を取り入れた。11月16日、自由学園卒業生でもあるウクレレ 演奏家平川冽さんを招いて特別授業が行われた。
圧倒的な演奏
女子部体操館には大きな窓から晩秋の柔らかな光が差し込んでいた。並んだ椅子の上にはウクレレと楽譜。ケースには名前が書かれている。自分の楽器を持ち、一生懸命取り組んだのだろうな、と想像した。女子部の生徒が着席した後、ウクレレを手に持ち、芝生の広場を越えて男子部の生徒がやってきた。少しざわざわと話し声。これから始まる特別授業への緊張と高揚で、室温も温まってきた。いよいよ、平川先生登場。
「アロハ!」
生徒たちは一瞬固まり、小さな声で「アロハ」。「えらい先生なのに想像とちがう」。そんな声が聞こえてきそうだ。きちんとした生徒たちからの挨拶の後、平川先生の演奏が始まった。
1曲めはタンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」。
ピアノ、ベースギター、ウクレレの編成。ウクレレはメロディをうたい、リズムを刻み、音楽の主役を務める。音量、表現、テクニック。どれもすごい! 生徒たちの目も耳もひきつけられ、手拍子が始まる。演奏が終わると盛大な拍手が起こった。先生が次の曲について話しだすのをためらうほど続いた。
「今ね、トレモロっていう奏法を使ったんだよ」と解説。「今度の曲にもトレモロが出てくるから気がついたら拍手するんだよ」と冗談も交えて「さくらさくら」の演奏に続いた。ウクレレの音色が箏の音のようにも聞こえる。うっとり聞き入っていると華やかな曲調に変わり、再び速い動きで聞く者を圧倒した。
筆者もウクレレが主役の演奏を生で初めて聞いた。生徒たちも初めて聴く音楽にすっかり心を掴まれているようだった。
変幻自在の授業
いよいよ生徒たちの番だ。女子部(中等科)1年生は讃美歌「もろびとこぞりて」を演奏した。ハーモニーを担当するグループ、メロディーを担当するグループに分かれ、アンサンブルを披露した。どの子も真剣な表情だ。男子部(中等科)の生徒は讃美歌「たくみのわざをば」を演奏。集中して、見事に演奏しきった。これからさらに練習、録画し「自由学園クリスマス音楽会」でその映像を見合うそうだ。
平川先生から講評とアドバイスをいただいたあと、先生が「もろびとこぞりて」を模範演奏…かと思っていたら、あれよあれよと編曲され、想像つかないほどの盛り上がった演奏を聞かせた。驚嘆の拍手が湧きあがった。
授業はさらに、全員参加の「聖者の行進」へと続いた。ホワイトボードに準備された英語の歌詞とコードネーム。先生の巧みな運びで、その場で初めてのことに挑戦する。英語の歌詞、メロディーの合いの手、トレモロ。うまくできてもできなくてもやってみる。大丈夫。授業を見守っていた先生方、見学者、そして筆者も気づけば歌っていた。生徒たちから先ほど見せていた真剣な表情は消え、一緒に演奏する楽しそうな笑顔があふれていた。
最後に平川先生が演奏したのは「エル・クンバンチェロ」。速いテンポで刻まれるリズムに手拍子、打楽器で参加する。聞くだけではなく参加することで、気持ちが解放され、発散され、熱いエネルギーがが会場を包み込んだ。
先生への感謝の言葉で特別授業は終わり、片付けに入ったが館内には授業の余韻が長く残っていた。
男子部の生徒に感想を聞いた。
「先生の手の動きが速すぎて、止まっているみたいだった。すごい、の一言」と言った。ウクレレについて聞いてみると「ハワイ、っていうイメージしか湧かなかった。初めは(弦を押さえる)指が痛くなったが、今は慣れた。こんなにすごい楽器だとわかって興奮した」と話した。
誰もやらないことをやる
授業の準備を終えた平川さんにウクレレや音楽について話を聞いた。
平川さんのウクレレにはマイクが内臓されていた。
「初めは自分で付けたんだよ。自由学園で木工やはんだ付けを学んでいたからね。自分で秋葉原に行って部品を買ってできるんだよ」
「ウクレレ の音に存在感がないとソロ楽器にならない。生徒さんにも勧めているよ。みんな上手くなっちゃうんだ」
「日本で1960年代にハワイアンブームがあったけれど、歌の伴奏に終始する楽器だった。ウクレレをソロもできる楽器として認めてもらいたかったから、誰もやらないことをやったんだね」
平川さんは、放映中のNHK朝の連続ドラマ「カムカムエヴリバディ」の重要な要素「カムカム英語(NHKラジオ番組)」の講師であった平川唯一さんの次男だ。「そういうところは親父のDNAを引き継いでいるかと思うよ」と話した。
演奏に必要な楽譜もオリジナルのものだ。「オタマジャクシ」は書かれていない。音名はアルファベットで表記。音の長さは書き方で工夫したという。
「これでやるとみんなできるようになるんだよ。大人で始める人にも抵抗がない。18のグループを指導していて、最高齢は93歳。今日ベースを担当している五島さんは、もう何十年かなぁ」と笑った。間口は広く、敷居は低く、でも奥行きは深い、ウクレレはそんな楽器だと語った。
世界とつながる 人を笑顔にする
平川さんは、貿易の仕事をしながら、ヨーロッパ、アジア、アメリカ、オーストラリアなど世界各地で演奏した。現地のミュージシャンとも何度も共演したという。その経験から「どこに行っても、音楽を通じて分け隔てなく繋がれる」という実感を持った。授業の中でも「楽器ができると世界中の人と繋がれるよ」と話していた。
レパートリーはハワイアンミュージックにとどまらず、日本の歌謡曲、童謡などの他、出向いていった国の音楽も取り入れていった。「どこの国でも音楽とやさしい英語で仲良くなれる」。そう感じている。
自由学園中等科で音楽の指導をする武田若菜先生にウクレレ導入のきっかけを尋ねた。
「コロナでリコーダーの授業ができなくなり、苦肉の策でした。購入しやすい値段であることも大事です。自由学園と地域の交流の場となっているカフェ「しののめ茶寮」でウクレレ を指導なさっていた平川先生に、音楽を担当する3人の教員と講師が弟子入りし、猛特訓を受けました。生徒たちも全員ウクレレは初めてということで、初めは大変でした」と苦労話を聞かせてくれた。
「今、他の学年の生徒たちが、私たちもやりたい! と言っています」と話し、「子どもたちの生き生きした姿をみると、平川先生のお父様の『人々を明るくしたい』というお考えに通じているように思います」と続けた。
1台のウクレレ の音は小さいけれど、100人近い演奏者となると音に厚みも出て、力強くなる。演奏に参加している人だけではなく、聞いている人にもエネルギーが伝わってくる。「それでいいんだよ」「もっともっと!」と演奏でリードする平川さんの授業は、音楽の持つポジティブな力を感じさせる特別授業だった。
(渡邉篤子)
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