川面

書物でめぐる武蔵野 第30回 水が危ない?  PFAS(有機フッ素化合物)汚染入門

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年4月27日

 PFAS(ピーファス 有機フッ素化合物)をご存じだろうか。最近、新聞などで見かけることが多くなってきた。さる4月7日の東京新聞1面では、「PFASを追う」というシリーズのロゴとともに「多摩地域 273人血液検査 国分寺・立川で濃度高く」という文字が目につく。

 PFASは、発がん性などが疑われる有機フッ素化合物の総称。これが多摩地域の水道水の元になっている井戸水を汚染しているのではないか、という問題が発生しているのである。

 

PFASの危険性

 

 主にフッ素と炭素からなる有機フッ素化合物(PFAS)は、水や油、熱に強く、泡消火剤や塗料などに使われてきた。自然分解せず、「永遠の化学物質」とも呼ばれている。人体や環境に長く残留し、健康への悪影響が指摘される。PFASは種類が多く、代表的な物質にPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)がある。これらの使用については国際的に規制が進んでいる。

 ドイツの政府諮問機関の指標では、血中1ミリリットルにPFOSが20ナノグラム、PFOAが10ナノグラム以上で健康被害のおそれがあるとされている。

 アメリカの公的機関では、血中1ミリリットルに7種類のPFASの合計が20ナノグラム以上で、肝臓がんなどのリスクが高まるとされている。

消された水汚染・書影

『消された水汚染』の書影

 これに対し日本には血中濃度の基準はない。ただ2020年、毎日2リットルの水を飲んでも健康に影響がないレベルとして、PFOSとPFOAの合計が1リットルあたり50ナノグラム以下と定められ、これが暫定的指標値となっている。

 以上は、この問題に力を入れている東京新聞の記事から整理したものだが、単行本でのアプローチもある。朝日新聞の記者である諸永裕司の『消された水汚染―「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角』(平凡社新書、2022年)がそれだ。これらを参照しながらPFAS汚染について学んでいこう。

 同書によると、PFASは2010年以降、原則製造・使用が禁止されている。しかし、毒性検査をくぐり抜けられるようにつくり替えられた新しい有機フッ素化合物が米国で検出された。規制と規制逃れのいたちごっこが続いているのだ。製造・使用が禁止されたからといって、この物質の環境汚染問題は終わっていないということである。(p19~22)

 

多摩地域で、水道用の井戸水、一部で取水中止

 

 日本でのPFASによる汚染は、これまでも沖縄における米軍の嘉手納基地などに関連してたびたび報じられていた。この問題は米軍基地との関係が強く疑われる案件なのである。多摩地域では、「一八年に米軍横田基地でPFASを含む泡消火剤三千リットル以上が土壌に漏れたと英国人ジャーナリストが報道し、基地との関連が浮上している」(東京新聞4月7日)。

 

東京新聞の紙面

4月になってもPFAS関連の記事が目につく東京新聞

 

 前出の『消された水汚染』によると、この英国人ジャーナリストはジョン・ミッチェルである。彼には『追跡 日米地位協定と基地公害』(岩波書店、2018年)という著書もある。先の「報道」とは、彼が2018年12月18日付の沖縄タイムス1面で、〈横田でも有害物質漏出〉と報じた。その漏出は2012年11日29日に発生したもので、この記事によって初めて横田基地で泡消火剤が使用されていたことと、その漏出が明らかになった。米軍はこの事件を防衛省に連絡していない(p115)。

 この沖縄タイムスの報道とその後のNHK「クローズアップ現代+」がきっかけとなって、2019年6月、都水道局は水道水に使う多摩地域の浄水所井戸からの取水を止めた。当該の井戸水から検出されたPFASの濃度が高かったからである。

 前掲書は、都水道局をはじめとするこの問題に関わる役人たちの隠蔽体質にいらだちながら書いている。

《水道局はやはり、飲み水の水源となる地下水に含まれる有機フッ素化合物について調べていた。そして、地下水は汚染されていた。しかも、四つの井戸で高濃度のPFOS・PFOAを検出したため、取水を止めていたのだ。》(p54)

 役人たちは、それを隠していたというわけだ。
 取水を停止した井戸はこれにとどまらなかった。今度は東京新聞の記事。

《「ええと、(停止した井戸は)まだありまして…」。昨年(22年)十二月、東京都水道局の担当者による想定外の回答に、メモを取る手が思わず震えた。》(東京新聞4月6日、松島京太記者)

 とあるように、役人たちは情報を小出しにし、できるだけ出さないように〝努力〟していることがわかる。

 結局、多摩地域で取水を止めた井戸は34カ所に及ぶ(東京新聞1月3日、4月7日)。同紙によると、その井戸の数は、立川市2、国分寺市7、国立市4、府中市8、調布市2、小平市10、西東京市1である。

 「ひばりタイムス」と縁が深い西東京市や小平市も、間違いなく他人事ではない問題だといえよう。

 

やはり水道水は汚染されていた

 

 多摩地域の水道水となる井戸水が汚染されていることは、はっきりしてきた。常識的に考えると、汚染の原因を究明し、汚染が広がらないように対策することは急務だし、汚染の規模や人体への影響を解明しなければならないのは当然だ。

 ところが、事態はそのようになってはいない。
 国や自治体の動きはにぶく、多摩地域では市民団体が、地域住民を対象に大規模な血液検査に乗り出した。東京新聞2022年11月13日1面は、「多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会」が、国分寺、小平、小金井、武蔵野、西東京の希望する住民に、23日から検査を開始すると報じた。

 その結果が1月30日、1回目の中間発表された(翌日同紙で報道)。検査した約600人のうち、国分寺市を中心とした87人の結果が明らかにされ、血中濃度が米国の指標を超えた住民は74人(約85%)に上ることがわかった。専門家は「水道水が主な要因ではないか」としている。

 2回目の中間発表は4月6日(翌日同紙に掲載)。273人の血液検査の結果、検査を受けた国分寺市住民の94.9%、同じく立川市住民で78%、全体でも61.1%の人が米国の指標を超えていた。

 当事者はたまったものではないだろう。目に見える被害が出ているわけではないが(もちろん、出ないほうがいいに決まっているが)、水道水を飲んで健康被害が危惧されるような数値が自分の身体から出たわけである。自分の健康についてきちんとした対策を講じてほしいだろうし、さらに汚染の実態を調べ、原因究明を求めたいと思うのが当然だ。

 しかし、行政はそれに応えようとする気がないようにみえる(以下は東京新聞1月31日、3月29日による)。

 上記中間発表を受けて、東京都環境保健衛生課の担当者の弁。
 「血中PFAS濃度の国内基準がなく、血液検査をしてもそれが高いのか低いのか判断できない」。

 小池百合子東京都知事も、都による血液検査の実施については明言を避けている。
 国については、環境省が2010年度から全国10万組の母子を対象に、血中のPFASなど化学物質と子どもの発育の関連を調べる調査をしているが、27年度までで、都民は調査対象になっていない。

 また、環境省は、水質汚濁防止法に基づき、2021年、31の都道府県が1133地点で河川や地下水のPFAS濃度を調べ、81地点で国の暫定指標値(1リットル当たり50ナノグラム)を超えたと発表した。81地点のうち汚染源が特定されたのは、大分県の2カ所のみだった。

 この流れで、1月30日、環境省はPFASへの対応策を検討する「総合戦略検討専門家会議」の初会合を開いている。国民向けに「Q&A」集をつくったりして情報を発信していくそうだが、自治体と連携し、どのように調査や対策を進めていくのか、具体的なところはよくわからない。

 

汚染源はほぼわかっているのに…

 

 先の都の担当者の発言は、これぞ役人答弁の見本、といいたくなる。決められたことしかやらないし言わない、住民の健康より自分の責任回避を優先する……。日本社会の特質として指摘される「無責任の体系」はいまも健在だ。これでは抜本的な対策は遠いと感じられる。

 前掲の『消された水汚染』には、そうした実例がこれでもかというくらい登場する。東京都や関連の研究機関、市などの自治体、さらには外務省や防衛省を貫く「無責任の連鎖」が例示されている。著者は粘り強い取材と「情報開示請求」を駆使することにより、多摩地域の汚染源は横田基地である可能性がかなり高いことをつきとめている(p126)。

 にもかかわらず、基地への立ち入り検査はできていない。立ちふさがっているのは、日米地位協定の壁だ。この協定が改定されないかぎり、米軍基地で起こることに日本法は適用できない。立ち入り検査をやろうにも、それを許可するのは米軍なのだ。

 結局、この問題の行き着いたところは、前回と同様に日米関係ということになる。

 『消された水汚染』について、異例なことが起こった。新聞の書評は、本がでてからだいたい2、3カ月までに掲載されるのが通例だが、この本については今年の4月15日に毎日新聞が大きく取り上げている。評者は中島岳志(政治学)。刊行から1年以上経ってからの掲載だ。

 PFAS汚染問題が、いま注目を集め始めたということだろうか。
(杉山尚次)

 *5月は都合により休載し、次回は6月22日(木)掲載となります。

※連載のバックナンバーはこちら⇒ 

 

杉山尚次
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