読者特集「ひばりタイムスとわたし」 多様多彩な「みんなの声」

投稿者: カテゴリー: メディア・報道連載・特集・企画 オン 2023年12月27日

【21~30】

 

【21】興味を膨らませるニュースサイト  松田宗男(練馬区)


 自宅が練馬区内で、ネットでのニュースを見る習慣がそれほど多くない自分には、地域のことを知るのは練馬区報が頼りでした。2〜3年前に「下保谷の自然と文化を記録する会」の会員になって、『武蔵野鉄道が通るー保谷周辺を中心にー』の冊子宣伝で貴社のサイトに原稿を書かせて頂いたのが、「ひばりタイムス」との出会いです。その後、バックナンバーを含め掲載されていた多くの記事を読み返し、この地域で何が行われていたのか、何があるのかを調べるサイトになりました。僕にとっては、「ひばりタイムス」は、興味を膨らませるニュースサイトでした。
 今までは研究結果やその背景などを記述した論文しか書いてこなかった自分が、ニュースサイトに記事を書く機会がくるとは想像していませんでした。記事書きの難しさを痛感しながらも、僕にとって新鮮で面白いことでした。ただ、残念なのは、北嶋さんが主催されていた「市民ライター講座」に参加出来なかったことです。ニュース発信を止められても、このような講座の継続を望んでいます。北嶋さんお陰で本当に良い経験をしました。有難うございました。
(12月21日)

・西武池袋線の歴史と地元の思い 『武蔵野鉄道が通る!ー保谷周辺を中心にー』を刊行して(2022年7月1日
・民族学博物館(保谷民博)跡地の一部がスダジイ広場に(2023年1月2日)…

 

スタジイ公園

保谷民博跡地に完成したスタジイ公園

 

【22】地域の目線から再考する  富沢 木實(西東京市)


 「ひばりタイムス」さんには、大変お世話になりました。一番は、「まちおもい帖」の連載をさせていただいたこと。かつて職場で原稿を書いていた時は、出版社の編集の方が「てにをは」や誤字脱字は、直してくれるのに甘えていた。そこで、新聞・雑誌記者なら当然知っていることを知らず、孤軍奮闘している北嶋さんには、随分とご迷惑を掛けてしまった。また、私の癖で、長文になってしまうのを、許して下さったのも有難かった。
 連載のテーマは、自由に選ばせていただいたので、自分がその時気になっている話題を取材したり、勉強したりすることができた。戦争、環境、感染など、少し大きなテーマだが、実は、自分たちにも関係のあるテーマを、地域の目線から再考する機会を得られた。基本、そのテーマの専門家などを必ず取材して記事を書いてきたのだが、第52回の「デジタルノマド」だけ、取材できずに書いたことが悔やまれる。
 地域にメディアがあるということは、実に有難いことだ。大手の新聞でも地元欄は、あるが、支局が立川や吉祥寺にあると、なかなか、西東京市に関する日常を取り上げてくれない。歴史ある「タウン通信」に加えて、WEB新聞ということもあり、幅広い地域情報を拾いあげ、深く掘り下げた記事も扱う「ひばりタイムス」の存在は、かけがえのないものだったと思う。
 なかでも、北嶋さん自身が自ら市議会を傍聴し、議事のトピックスを伝えるという丹念な仕事には、感心した。三割自治といわれるなか、どうしても関心が薄くなってしまう。でも本当は、我々の生活に直結する話だ。子供食堂への支援など、市によって対応が違うと聞いている。同じ事業であっても、他市や区による対応の違いを、もっと掘り下げてもらいたかったが、北嶋さんが、孫悟空でもない限り、分身の術は使えないというものだ。
 連載のほかにも、私自身が手掛けた、地域活動を記事にしていただいたのも、有難かった。
 さて、書かせていただく場所が無くなり、私は、来年から、どうやって頭の整理をしていこう! 今さらのように、抜けた穴が大きいことに気づく。本当に、どうも有難うございました。ゆっくり英気を養って下さい(^^♪
(12月21日)

・富沢このみの「まちおもい帖」第1部 第1回~20回(2016年9月~2018年4月)第2部第21回~53回(2018年7月5日~2013年12月7日)…

 

ツツジ

ツツジ咲く(ひばりが丘図書館付近、2022年5月)

 

【23】地域に欠かせないメディア  谷 隆一(西東京市)


 朝日新聞です、読売新聞です――と言って取材をするのはどんなにやりやすいことだろう。私は「タウン通信」という地域紙を西東京市などで発行しているが、取材依頼が媒体説明から始まることは珍しくない。
 それでも私の場合は紙媒体の実物があり、バックナンバーを数部揃えれば、たいていは信頼していただける。その点、ウェブ媒体ではハードルが高いだろう。振り返れば「ひばりタイムス」がスタートした10年前は、今以上にウェブの新参者を斜に見る風潮があった。
 そんななかで「ひばりタイムス」を軌道に乗せた北嶋孝さんには、相当な艱難辛苦があったことだろう。媒体を説明する際に北嶋さん自身の「共同通信社出身」は武器にもなっただろうが、反面、通信社時代には経験したことのない「不審の目」にたじろぐこともあったはずだ。一個人でみれば、それはしなくていい苦労である。
 しかしそこでめげず、行政に食い込み、議員に対峙し、市民の声を広く集め、ついには地域に欠かせないメディアを確立した。強い信念と卓抜した技量があってこその業だ。
 ニュースの語源は、NEW-S(新しい事々)でもあり、東西南北(North、East、West、South)でもあるという。北嶋さんという人は4人くらいいるのではないかと思わせるくらい、出来事のたびに、地域のあちこちにいらっしゃった。精力的な取材と企画には圧倒的なものがあった。為されたことに、心から敬意を表します。
(12月21日、株式会社タウン通信発行人)

 

 

【24】あとを継ぐ方がいらっしゃれば…  保谷七緒美(西東京市)


 北嶋孝さんと初めてお目にかかったのは、下保谷四丁目特別緑地保全地区(旧高橋家屋敷林)でのイベントだったと記憶しています。「通信社を退職したので、今度は地元でミニコミをやる」とお聞きしました。以後、西東京市議会の毎定例会で、本会議、委員会ともに精勤だったと記憶しています。
 地方自治体の議会での議論は、最初はかなり難解です。
 というのも、地方自治体のお金の流れは複雑に入り組んでいるからです。
 国から来るお金、東京都から来るお金、西東京市の税収から出すお金、その他から来るお金。地方自治体の収入は、大きく分けてこの4種類があり、ある事業は、国都から来るお金だけで進め、別のある事業は、西東京市の税収でまかなっている。
 さらに、同じ国都から来るお金でも、負担金(義務)と補助金(任意)とがあり、どういう種類のお金が来るかで、事業の性質が変わってきます。
 今使っている「事業」という言葉ですが、これも、世間一般で使っている「事業」とは若干意味がずれます。
 北嶋さんも、最初の頃はおそらく苦労されたと思いますが、数年経つと、西東京市政については、誰よりも精通しているジャーナリストになっていらっしゃいました。

 ひばりタイムスの記事は、たびたび私とは見解が違うなと思うこともありましたが、見解が違ったとしても、北嶋さんはジャーナリストとして誠意のある取材をなさっていたのは、見ていてよくわかりました。
 ここ1年ほどは、傍聴席に姿を見かけないことが増えたと感じていました。
 年内で活動休止だそうで、本当にお疲れさまでした。
 あとを継ぐ方がいらっしゃれば面白いと思いますが、どうなんでしょうか。むずかしいのでしょうか。
 北嶋さんがいなくなると、たいへん寂しい気持ちがします。
(12月21日、西東京市議)

 

第二庁舎建設で消えた田無庁舎市民広場(2016年12月)

 

【25】三館合築、田無新庁舎、田無駅南口開発…  渡邊昇(西東京市)


 私は2009年に富士町に引っ越しました。偶然、東大農場を発見し、農場内に道路ができると知り、市政に関心を持ち始めました。そのころひばりタイムズを知りました。
 それからは田無の三館合築、田無新庁舎、田無駅南口開発などいろんなことで議会を傍聴してきましたが、そのたびに北嶋さんとお会いしてきました。
 西東京市に来るまで杉並区や神奈川県川崎市などあちこちにいましたが、地元密着の情報誌は他では出会いませんでした。
 ひばりタイムズのおかげで西東京のいろいろな事情がわかりました。今までお疲れさまでした。ありがとうございました!
(12月22日)

 

 

【26】知ることの大切さと知らせることの大切さ  小田桐孝子(西東京市)


 西東京市のみならず多摩地区の知られざるニュース、知識、紹介等この地域に住む人にも、遠くに住む人にも届けるひばりタイムスはぜひ持続してほしいと思っていました。
 九州に住む同級生から、「ひばりタイムスで見ているよ」とメールがあった時、「あ、世界を飛び回ってる!」とこの形態のすばらしさを知りました。
 振り返って常に市民の目で足でニュースを取材している北嶋さんの姿に感動と感謝! そして新しい書き手の講習をしてくださいながらほんとうに様々なものをキャッチし、紹介してくださいました。大変な体力が必要なんですね。
 この市、この地区には多くの市民活動が生まれていることも、そしてそれらを支えている情報網があることも、わたしたちの町づくりには不可欠ですね。
 日常雑多に振り回される生活から、そんな日常でも発信原となり共感を得られることだってあり! です。
 知ることの大切さと知らせることの大切さをしらずしらずのうちに教えていただいた「ひばりタイムス」でした。これからも多くの方々と共に続けて欲しいものです。北嶋さん、ご自分の足をみんなの、わたしたちの足で続けられるようご指導ください。
(12月22日、記事コメントから)

・ふれあいバザー、「もったいない」を活用。地域から世界へ!!( 2019年7月8日
・子どもげきじょう西東京、6月総会で30年の幕閉じる( 2018年5月8日)…

 

 

【27】コロナ期間中の地域情報が役立った  匿名希望(西東京市)


 ひばりタイムズさん、沢山の地域情報をありがとうございました。あれだけ多くの最新情報を記事にされてきたことは「感謝、感謝!」であります。
 御社の記事で、私が最も役立たせていただいたのは、コロナ期間中の地域情報でした。
 西東京市、市近郊のコロナ感染人数、地域の感染した店の対応情報。コロナ対応病院、自治体のワクチン手続き情報などでありました。
 特に、他の大手新聞、テレビ報道では把握できない地域に見合った内容を素早く掲載していただき、一般の家庭に広範囲にインターネット情報として届けていただいたことは大きな成果があったことと、思っております。「ひばりタイムズ」さんの記事から、個人的にもコロナ対策に活用させていただきました。
 地域にはなくてはならない、インターネットによる情報機関であり、記者の皆様、大変お疲れ様でした。今後、再開できる機会がありましたら、ぜひ、再開をお待ちいたします。
大変ご苦労さまでした。
 以上、お礼まで!
(12月22日)

 

ワクチン接種会場

ワクチン接種が始まった(2021年5月11日)

 

 

【28】「報道文を書く講座」がきっかけ  堀田純一(府中市)


 西武池袋線の「ひばりヶ丘」駅は、かつて「田無町」と呼ばれていた。当時は西武新宿線がまだ開通しておらず、現在の「田無」駅もなかった。やがて新宿線が1927年(昭和2年)に走りはじめ、「田無」駅ができると「西武線の田無町と新宿線の田無」を混乱して間違える人が少なくなかった時代が長く続いたようだ。
 田無町駅が「ひばりヶ丘」駅と変わったのは、昭和34年(1959)に“マンモス団地”の走りとなった、ひばりが丘団地建設がきっかけだった。
 池袋線の富士見台で生まれ育った自分が「田無町」まで通うようになったのは、自由学園の初等部に進学したのがきっかけ。それまでは富士見台から逆方向の池袋まで西武池袋線に乗り、目白にあった自由学園幼児生活団(幼稚園)に通い、幼児生活団は、自由学園明日館(みょうにちかん)の敷地内にあった。現在、国の重要文化財に指定されている明日館は、帝国ホテル建築のために当時来日していたフランクロイド・ライトが自由学園創設者である羽仁もと子・吉一夫妻の依頼で建築した。20世紀を代表する世界的建築家とされるライトはアメリカを中心に多くの建築を残しているが、「学校」はこの明日館だけと言われる。(自身の建築学を教えるための学校「タリアセン」は別にして)
 1921年の開校に合わせ、女子生徒26人のために建てられた明日館が、生徒数増加に従って手狭になったことから、学園は1925~29年にかけて北多摩郡久留米村南沢(現在のひばりが丘)に順次移転した。「池袋から電車で35分」と記録されている。
 購入した土地は約10万坪。創立者の羽仁吉一は、7万坪を父母ら向けの住宅地として売却し、その代金で3万坪の敷地に学園の建物を建てたとされている。分譲された住宅地は1区画それぞれが350~400坪。今では考えられないような個人向け住宅用地の広さだが、3~4区画をまとめ買いした家族も少なくなく、ひばりヶ丘駅から自由学園に向かう「学園町」は今でもその名残りをうかがわせる。
 3万坪(約10万平方メートル)の学園の敷地内には、幼児生活団、初等部、女子部・男子部の中高、最高学部(大学部)の建物が点在。フランクロイド・ライト様式をイメージした建物群の一角は東京都有形文化財に指定されている。
 そんな自由学園で幼稚園から大学までの19年間を過ごした私が「ひばりタイムス」に関わったのは、卒業後記者として40年近く働くことになった共同通信社の同僚、北嶋編集長の依頼で2015年に「報道文を書く講座」を担当したのがきっかけ。その話がどこからどう伝わったのか、経団連の広報室からの依頼で加盟する大手企業の広報スタッフを対象とした「文章を書く」講座を、コロナ渦で中断されるまでの数年間担当する羽目になっ
た。
 そこで印象的だったのは、数万円の受講領を(会社が)支払って参加して来た一流大学出身(と思われる)大企業の広報室社員全員が「文章を書く授業など一度も経験したことが無い」と異口同音に口をそろえたことだった。
 以来、自由学園では最高学部に進学してくる1年生の男女を対象に「この授業を経験できる君たちはラッキー」と繰り返すようにしているこの数年間。思いがけないきっかけを与えていただいた「ひばりタイムス」への感謝を忘れないでいる。
(12月22日)

・報道文を書く講座 2015(2015年11月

 

 

【29】座談会「傍聴席から見た議会」に参加して  小林道子(西東京市)


 西東京市合併20周年の市長選挙で現市長側陣営によって配布された法定ビラ(相手方立候補者を排除する表現が為されたネガティブキャンペーンの青いビラ)の衝撃から、そのご、仕事の都合が付くと傍聴席に座るようになりました。その時に、いつも見かける方が居るなあ…と思い、ちょっと会釈してみる…から始まって、休憩時間に、あれはどういうことですかね…と声をかけてみるようになりました。そんな、とてもかぼそい市民同士のつながりを結びつけてくれた【ひばりタイムス】の北嶋さん。
 「座談会 傍聴席から見た議会 みんなの議会をもっと身近に」の集まりに参加したのも、北嶋さんの柔和な話ぶり、本当に小さな疑問でも真摯に丁寧に答えてくれる北嶋さんご本人への信頼感と、地元コミュニティーの公平な報道機関という実績、ひばりタイムスのこれまでの市政に関する圧倒的な情報量に期待するものがあったからです。
 この座談会記事を読み返すと、市政や議会をテーマにしているのに、和気藹々としたあたたかい雰囲気と和やかさが、そこに確かにあり、参加者同士を結び、私たち市民が市政に関心を持つ事をうれしく思っている報道人としての北嶋さんの姿があり、市民同士の結びつきを大切するその場に居合わせたという感謝のような気持ちが湧き上がってきます。
 この度の【ひばりタイムス】の年内でのニュース更新の停止を伺い、本当に残念でなりません。ですが、近隣であらたに地域報道サイトを立ち上げようという動きが進行中…との話も伺い、北嶋さんが蒔いたコミュニティー報道の芽は次の新しい土に根を張り、葉を広げる未来がありそうなことでホッとしています。
 また、西東京市内のどこかで、笑顔の北嶋さんにお会い出来ることを楽しみにしています。
(12月22日)

 

野菜

青々とした野菜(2022年11月、西東京市向台町)

 

【30】地元の面白いことを応援するよ、駆け付けるよ  兒玉猫只(西東京市)


ひばりタイムス様
卯野右子様

 たいへんお世話になりました。下田農園主さんの体験農園「向台農知園」で区画を借りている兒玉猫只です。
 コール田無で開催した「2022年冬至の夜の収穫音楽会」『ジャズ・トリオとフルート奏者迎えて 西東京市の「向台農知園」が1年の恵みに感謝』( 2022年12月1日)という記事を書いていただききました。ありがとうございました。
 ジブリジャズの立石一海トリオさんと、フルートの百合野由香さんをお迎えしての音楽祭は、農園の皆による完全なる手作り企画でした。会場の座席をうめるために、宣伝が必須なところ、一番乗りで、ひばりタイムスさんが取材に駆けつけてくださいました。
 記事を書いてくださったのは、卯野右子様。自転車で農知園に来園、キラッキラの眼差しで話を聞いてくださいました。記事は、農知園の無農薬栽培のことや、手作り企画が自然に湧き出る様子など、農園の良さにあふれたうれしい記事でした。皆で喜びました。
 そこから、農園の皆様の、マルシェでフライヤーを配布したり、お店に置いてもらったり、FM西東京さん、J:comさんに登場したりと、怒涛の宣伝活動が始まりました。
 おかげさまで会場はほぼ満席。ジブリジャズの演奏を楽しみました。終演後、立石一海トリオさん、百合野さん、農園の皆様との「カントリーロード」ぶっつけ本番セッションも実現。素敵な冬至の夜となったのです。
 下田農園主さんは、音楽祭の開催に協力していただいた、ひばりタイムス様はじめプレスの皆様、店舗の皆様、地元の皆様、お名前全部のエンドロールを作成、会場で流しました。長い長いエンドロールとなりました。

 ひばりタイムスさんの年内で終了というお知らせはとても残念です。農知園のように、ひばりタイムス様を必要とする方がこの先も沢山いらっしゃるに違いないと考えるからです。
 けれども、ひばりタイムス様には「地元の面白いことを応援するよ、駆け付けるよ」ということを教えていただきました。農園の皆様と地元愛を忘れずに楽しんで行こうと思います。
 ひばりタイムス様、長い間ありがとうございました。
(12月22日)

・コール田無で「冬至の夜の収穫音楽会」 ジャズ・トリオとフルート奏者迎えて 西東京市の「向台農知園」が1年の恵みに感謝( 2022年12月1日

 

 

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読者特集「ひばりタイムスとわたし」 多様多彩な「みんなの声」」への1件のフィードバック

  1. 青山恭彦
    1

    北島様 お疲れさまでした。今までのご苦労のほどは想像できます。 このところの「まとめ」の大編集を拝見していますと、北嶋さんのエネルギーの余韻が猛烈に感じられ、クローズにはまだまだという思いが込み上げてきます。なぜかカズオ・イシグロの「日の名残り」を思い出しました。新しい「何か」を心から期待しています。

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