夏の花

書物でめぐる武蔵野 第22回 夏の連想ゲーム

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2022年8月25日

 酷暑である。夏といえばお盆とセットになって戦争のイメージがある。今年はいつ終わるともしれないウクライナ戦争やコロナ禍で、よけいに戦争が意識される。戦争を知らない世代にとってもそうなのだから、マスメディアには山ほどの問題があるにしても、この夏の定番をつくったことについては評価したい。夏はこれでいいのだ、と思う。
武蔵野の戦争ついてはこれまでも何度か述べてきたが、今回はその敗戦後について少しふれてみたい。

 

夏の花

夏の花・朝顔

「農地解放」の逆説

 

書影

『武蔵野インディアン』

 前回取り上げた『武蔵野インディアン』にはまだ気になるところがあった。それはいわゆる「農地解放」の影響が記述されている箇所だ。主人公が久しぶりに地元で幼馴染と会い、かつての「ご近所さん」の消息を聞いているシーンで、主人公の質問に対しての言葉。

 「それが農地解放で、(土地が)あの人の物になったもんで、今じゃ、あんたが子守していたマサちゃんなんか大金持ちよ」(「先祖代々」p63)

 「農地解放(改革)」というのは、第二次大戦直後のGHQ主導による2次にわたる土地政策で、戦前までの「地主-小作」という関係を解体した。政府が不在地主の土地を安く買い上げて小作農に売り、彼らを自作農にするという政策だった。

 この占領政策によって、それまで土地を持たず地主に隷属するしかなかった小作農は、その束縛から解放されたという側面はたしかにあったと思われる。ただ、当時は日本社会の根幹にあった農業の促進を意図したはずの政策が、思ってもいない方向に結果するとは、当事者のGHQも、日本政府も、農民も、思ってもいなかったはずだ。

 その後、朝鮮戦争特需を経て、〝軽武装・経済優先〟を選んだ日本社会は高度経済成長を遂げ、都市化が猛烈な勢いで進んだ。この波にのって東京郊外の地価は上昇し、その結果、戦後に自作農になった人は図らずも〝土地長者〟になった。それが「大金持ちになったマサちゃん」である。

 〝社会主義的〟といってもいい農地解放が〝土地長者〟を生んだという歴史の皮肉、これを誰かの文章で読んだ記憶があるのだが、いまだに思い出せない。ただ、感覚的に「なるほど」と思ったし、小説にも出てくるので、記憶違いではなさそうだ。

 

松本清張的殺人事件

 

中央線小説傑作選

中央線小説傑作選

 その気になってみていたら、ほかにもこの手の小説は見つかった(きっとほかにもあるに違いないが、ここでは深追いせず)。戦後の闇を描いた作家といえば松本清張だが、彼も武蔵野ネイティヴたちの土地とイエの継承をめぐる戦後の事情に、殺人事件に絡めた短編を書いている。それは「新開地の事件」(1969年発表)というなんとも飾り気のないタイトルの作品で、前々回取り上げた『中央線小説傑作選』(中公文庫)に収録されている。

 「事件」が起こる背景として、武蔵野の変容はこのように描かれる。

《ここ十年ばかりで東京の近郊も変った。勤め人の可愛い家がふえ、私設のアパートが大小となく建ち、公営の白亜の団地が出現した。…農家は土地を売った金で、古い茸のようなワラぶきの家を、総檜造りの広壮な建築にかえた。》(p250)

 そして、ネイティヴの農家と新住民の関係は――。

《そうしたなかで、こぢんまりと改築した質素な旧地主も何軒かはあった。…そうした家はまだ「農家」だったのだ。ほうぼうに持った農地をいっぺんに売ることなく、地価の値上がりを見越して、徐々に分譲しているのだった。…住民たちは「百姓」の貪欲を非難した。》(p252)

 こうした農家の一家が「事件」の主人公となる。舞台の「新開地」というのは「N新田」となっているが、はっきりわからない(おわかりの方がいらしたら、ご教示のコメントを)。一家の主人である「直治」は《戦後の農地改革のときでも…うまく立ち回った。小作農の土地はむろん自分の手に帰した》(p257)とあるように、少々商才がある人物。「農地改革」は土地ころがしの手段になっているのがわかる。

 この夫に対する妻のヒサは実直な農婦。ここに、この家に間借りする九州出身で「不恰好な顔」の青年が絡む……。時代の流れに飲み込まれる人びと、その人間関係の綾が「悲劇」を生むという、清張得意の社会派ドラマが展開される。

 同文庫の解説によると、清張は荻窪や練馬区関町、上石神井にも住んでいたことがあった。この作品に出てくる「銀丁堂」という洋菓子店は、西荻駅前の「こけし屋」を思わせるなど、清張は武蔵野に土地勘があるようだ。

 結局、占領下の土地政策は、教科書的にいうと「封建的な土地制度」を解体したことになる。ところが、その後の都市化の凄まじい波に飲み込まれ、地価の急騰という副作用のほうが大きくなった。そして「都市の中の農地」という、だれも想定しておらず、だれも明確な解を出せない問題を残している、といえないだろうか。

 

畑

近隣の畑

武蔵野の米軍基地

 

『ゼロの焦点』

『ゼロの焦点』(新潮文庫)

 占領という話題でいうと、武蔵野は基地のまちであることを忘れてはならないだろう。このことについては、またの機会に取り上げてみたいと思うが、松本清張の代表作の一つ『ゼロの焦点』も武蔵野の基地が大きな意味を持つ。殺人事件は能登半島が舞台になっているが、やがて事件の淵源には占領下の立川に「米軍基地」があり、米軍相手の「パンパン」が関係していることが明らかになっていく。「だれにも触れられたくない過去」は、人をして黒い衝動に走らしめることがある、というのも清張的な主題だ。

 ちなみに、先の『武蔵野インディアン』にも基地周辺のパンパンが登場する。この本は「芸術選奨文部大臣賞受賞」作なのに、現在品切。これはタイトルもさることながら、パンパンの描き方があまりに差別的だからではないかと邪推している。

 敗戦直後から米軍が接収していた立川基地は、70年代に日本に返還されたが、近くにある米軍の横田基地は、最近そのプレゼンスを増していないか。

 危険性が指摘されているオスプレイが配備されているということもさることながら、妙な人がここを使うからだ。

 2017年、トランプ前アメリカ大統領が最初に訪日した際、彼はちゃんとした日本の〝玄関〟である羽田や成田(なぜかこちらはあまり利用されないが)を利用せず、〝通用門〟というか〝自分の領土〟である横田に降りた。これは独立国を正式に訪問する態度ではない、あまりに失礼ではないか、という見解があった。ナショナリストでなくともそう思う。

 傲岸な人物がやりそうなことだと思っていたら、今年5月、バイデン大統領が来日した際も横田を使っていた。結局、だれがやっても属国扱いなのである。

 

米軍機

立川基地をタクシングするアメリカ軍のC-121。1964年撮影。
(出典 ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン)

(写真は、米軍機を除いて筆者撮影)
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杉山尚次
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