平櫛田中彫刻美術館で出会う「リアリズム」 6人の作家が「問い、展開し、検証する場」

投稿者: カテゴリー: 文化 オン 2023年8月18日

 連載企画「北多摩戦後クロニクル」の第32回でも取り上げられたばかりの小平市平櫛田中彫刻美術館では現在、『Denchu-STRUT でんちゅうストラット―此処リアリズム』が開催されている。近代彫刻の巨匠・平櫛田中が晩年暮らし、創作活動を行った美術館を会場に、現代作家6人の作品が展示されている。

 

平櫛田中彫刻美術館

玉川上水そば、武蔵野台地の閑静な住宅街にある彫刻美術館は、田中が98歳の時に終の住処としてつくられた旧邸

 

 彫刻家で武蔵野美術大学教授の三沢厚彦氏を迎え6回目の開催となる「でんちゅうストラット」。三沢氏が命名した「ストラット」には二つの意味がある。一つ目は「軸・支柱」で、平櫛田中が若い彫刻家にとって支柱や軸となる存在であること。二つ目は「闊歩する」の意。「胸を張って歩いていこう」との三沢氏のエールともいえる。

 今回の展示のテーマは「リアリズム」。写実的、現実的な作品が想起されるが、田中が彫刻家として追及した人間表現のリアリズムと関連するのか? 出展の全作品がお題を受けてから作られた新作だ。作家の「今」にもつながるのか?

 来館当日はトークイベントが開かれていた。展示作家6人が全員揃う贅沢で稀有なイベントだった。現代アート作家として活躍する面々に若手の有望作家も混ざった豪華メンバー。誰一人欠けることなく集まった出品作家による作品解説から始まった。長くなるが、作家と作品を紹介する。

 

棚田康司 ≪トルソ・虹に虹≫

 

 棚田康司氏は日本古来の木彫技法である「一木造り」で人間像を彫り続けている。その作品は、大人と子ども、男と女、戦争と平和、人間と人形といった「はざま」を意識し、その境界線に彫刻作品を存在させてきた。今回、赤と金が基調の豪華な玄関と土間との境界線を探り、玄関の中央でなく照明が人形の顔に直接あたらない場所に設置した。赤い血の海のような絨毯ときらびやかな後ろの領域を背負って立つ人形。

 

≪トルソ・虹に虹≫

≪トルソ・虹に虹≫ ダブルレインボーから着想を得て着色、パフスリーブの下側にも金箔を貼り背面と呼応させた

 

 棚田氏は、顔や造作を作る時に現れてくるものを大切にしている。これだ! という感覚、ここだ! という瞬間を作家が決定できることにリアルさを感じるという。一方で、人形が何を見ているのか、なぜここに居るのかといった見る者の気づきも、リアルにつながるのではと語った。人形の視線の先になにがあるのかは現地で確かめてほしい。

 

齊藤圭希 ≪va≫≪kha≫

 

 齊藤圭希氏は、武蔵野美術大学の大学院に在籍し、簡素な形態の中に多様な要素を抽出して存在させることを試みる。齊藤さんのリアリズムは、制作における石を彫るという働きかけの行為と切り離せない。石に触る・中心に向かって蚤をふるう・磨くーその行為の一つ一つがリアリズムだという。

 彫る、叩く、磨くと同様に作品を運ぶ行為も重要で、それらのすべての行為が作品であり、現れた作品は、時間と空間のリアルな追体験でもあると語った。作品の搬入経路を残し、運び込むという行為のリアリティーも可視化されていた。

 

≪va≫≪kha≫

≪va≫≪kha≫ 一見シンプルな作品だが、微妙な歪みやズレ、傾きがあり、右端の田中作品との関係性も見どころ

 

松永祥馬 ≪elder≫

 

 松永祥馬氏は、武蔵野美術大学の大学院生で、写真で撮った図像を3Dスキャンで立体化し、レーザークリスタルという技法を用いてガラスの内部にヒビを入れて作品を制作した。平櫛田中が用いた、原型の形を星取り機(コンパス)を使い完成作品となる素材に写し取る星取り技法にも似ているが、ガラスの中に入った触ることができない彫刻だ。

 玄関と庭をつなぐ位置に設置し、光の反射や、作品の後ろに透き通って見える庭の風景も楽しんでほしいという。松永氏は、写真に写された過去が、時間を経た今もここにあるリアルさと、みている人との時間の共有もまたリアルであると語った。

 

≪elder≫

≪elder≫ 見る方向によってさまざまな表情をみせるガラス作品。平櫛田中が座っていた時空が、時を超えてよみがえる

 

冨井大裕 ≪シャベルの領分≫

 

 冨井大裕氏は、既製品の素材、物質の性格にとことん向き合い、独自の表現形態を模索している。今回屋外に設置する作品として何がリアルかと考え、コンクリートとシャベルを選んだ。庭師が置き忘れたかのように見える作品は、庭の楠(クスノキ)に相対させる、あるいは屋根の角度や斜面と関わりを持たせるなど設置場所にもこだわった。

 

≪シャベルの領分≫

≪シャベルの領分≫ 斜めは固定化されない不安定さを内包する

 

 冨井氏は、「違和感」がリアルにつながるという。シャベルからできるだけ距離を置いてシャベルを観察する。すると今まで見ていたようなシャベルには見えないという現象が起きる。他の人でも作れそうな作品を作り、それが見る者に自分事として置き換えられる、伝染していくような作品が、リアリティーを生み出すと語った。

 

須田悦弘 ≪朝顔≫

 

 須田悦弘氏は、朴(ほお)の木を素材に精緻な草花を作り、丁寧に彩色した作品を制作する。筆者も長い間、本物の花と信じ込んでいた。それらが木で作られていたと知ったときの驚きは忘れられない。空間や設えと作品との関係性にも意表を突かれる。

 須田氏の作品は、作品と意識されずに通り過ぎてしまうほど写実的で精緻な作品だが、木彫作品と認識された途端にぐっと立ち現れてくる存在感が圧倒的だ。「なんだこりゃ」とひっかかる違和感、「むむっ」と意識に入り込んでくるクオリティーの高さが、とてもリアルだ。

 

≪朝顔≫

≪朝顔≫ 天気や陽の高さによって差し込む光が変わる水場や茶室の美しさも味わい深い

 

三沢厚彦《Animal 2023(カエル ミドリ)》

 

 三沢厚彦氏は動物をモチーフに2000年より木彫『Animals』シリーズの制作を開始。日本全国さまざまな場所でお馴染みのクマやトラの作品が鑑賞できる。今回は、此処に居る(居るであろう)ものを具現化したという。実物に近い大きさのカエル《Animal 2023(カエル ミドリ)》がそっと置かれていた。その場所は現地で探してみてほしい。

 三沢氏は、6回にわたる「でんちゅうストラット」展のサポート役を務めている。作家としては彫刻作品のカエルが、見たい空間、居たい空間を探った。カエルのパーソナルや居心地を追求したところに、視点を変えたリアリズムが浮かび上がった。

 

それぞれのリアリズム

 

会場風景

多様なリアリズムについて耳を傾ける作家と参加者

 

「リアリズム」は多様な解釈が可能なテーマで、6人6様であった。専門知識のない筆者がリアリズムとは何かと問われて分からないのは当然だ。正直にいえばほっとした。

 リアリズムとは? との問いに応える彫刻表現において、すべての作家が、作品と自分との関係、作品と場所や空間との関係、作品と時間、作品を見る者との関係など、「間」「際」「境界」といった関係性を意識していることが伺えた。

 ひとつ言えることは、今回の展示作品を見た後には、今まで見てきた風景が同じには見えない。今まで見てきたモチーフがもう同じものとしては存在しない。此処にリアリズムは潜んでいる。それを見つけるのは我々。そこにリアリティーを感じるのも我々。その人の目に映るもの、こころに響いたもの、それこそがリアリティー。

 今までにない視点を与え、これまでとは違った風景を見せてくれる作品を、是非その目で、身体で、見て、感じてみてほしい。

 美術館では、他の企画展やイベントも実施中。夏休みわくわく体験美術館、小平職員が描いた「マンガで楽しむ田中作品」も見逃せない。
(卯野右子)(写真:筆者撮影)

 

【関連情報】
・でんちゅうストラット―此処リアリズム(9月3日まで)(小平市平櫛田中彫刻美術館
・企画展「マンガで楽しむ田中作品」(9月3日まで)(小平市平櫛田中彫刻美術館
・夏休みわくわく体験美術館(8月31日まで)(小平市平櫛田中彫刻美術館
・小平市平櫛田中彫刻美術館(午前10時~午後4時・火曜日休館)(小平市

 

卯野右子
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