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ブラタモリ的坂道

「書物でめぐる武蔵野」第7回 もしも「ブラタモリ」がひばりが丘に来たら

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2021年4月22日

杉山尚次(編集者)

 もしも「ブラタモリ」がひばりが丘に来たら、という設定でこの回をスタートしようと思ったら、すでに同じ狙いの企画が「ひばりタイムス」に掲載されていた。それも3回。キーワードは「スリバチ(地形)」、つまり窪地。ひばりヶ丘駅周辺から東久留米を流れる黒目川、その支流の落合川、立野川などを経巡り、高低差のある地形とか暗渠といった特徴的なポイントを探る、研究者の解説付きの散歩イベント。タイトルは以下のとおり。どの回もきれいな写真が多数掲載されているので、ぜひ参照を。

 

★2018年11月10日 ひばりが丘の「スリバチ散歩」-「谷の中の谷」の過去を知る(ひばりタイムス
★2019年5月21日「スリバチウォーキング」で凸凹を体感-南沢湧水群周辺の風景を楽しむ(ひばりタイムス
★2019年11月14日 過去と今を結ぶ川-夕空望んだ「スリバチ散歩」(ひばりタイムス

 

 同好の士は増えつつある、ということだ。もっとも、テレビ東京の「アド街ック天国」や「モヤモヤさまぁ~ず」なら近辺に来た実績もあるから、「ひばり」に来てもそれほど不思議ではないけれど、さすがに本物の「ブラタモリ」は難しそう。ということで、「ブラタモリ」的なるものについて書物を使ってちょっと考えてみたい。

 

主役は地形

 

 あらためていうほどのことでもないが、2008年に始まったNHKの街歩き番組「ブラタモリ」は、それまでマニアックな関心しか集めてこなかった、その土地の「地形」というものをメジャー化した。いわゆる観光地然とした「名所旧跡」ではなく、地形や地質を含む「地勢」の推移や歴史が、ゴールデンタイムのメインテーマとなることを示したわけだ。

 

 この番組の元ネタは「タモリ倶楽部」(1982年開始、テレビ朝日系の深夜番組)にあると言っても、異論は出てこないだろう。「タモリ倶楽部」は、深夜枠であることを活かして、鉄道ほかまさにマニアックなテーマを紹介することで知られている。「痕跡」とか「水路」や「地図」はその筋御用達のかなりマイナーなネタだったが、それがゴールデンに「昇格」と相成ったわけである。マニアとしてはそうしたメジャー化は嬉しくもあるが、自分の領域に踏み込まれたようで、面白くない気分もなくはない。

 

 ともあれ、地形という地味な主題が、「ブラタモリ」というメジャーな番組の中心を占めるまでに、スプリングボードのような役割を担ったのが「坂道」である、と筆者は考える。

 

 「坂」は、だれでも認識している「道」なのに、そこにはいろいろな思い入れを託すことができるからではないだろうか。

 

「坂道美学」から凹凸へ

 

 坂道好きが高じて「日本坂道学会」なるものの副会長をつとめるタモリが、2003年4月から雑誌「TOKYO★1週間」に連載した坂案内をまとめたのが『タモリのTOKYO坂道美学入門』(2004年、講談社、2011年に新訂版)である。

 

タモリの坂道美学入門

 

 オールカラー、タモリの写真と解説の文章、イラストマップ、古地図で構成されていて、情報の密度が高い。食べ物屋紹介が入っているのは、好みの分かれるところだ。まえがきにあたる「坂道の都、東京の魅力」に、(東京は)「かなり高低差があり、しかも大都市のど真ん中に驚くような急傾斜の坂がいくつもあった」とある。そして、「坂道鑑賞ポイント」として①勾配の具合、➁湾曲のしかた、③まわりに江戸風情をかもしだすものがある、④名前に由来、由緒がある、という4つを挙げている。

 

 地形+歴史という「ブラタモリ」の着眼点がほとんどここに揃っているといいっていいだろう。そして、この「坂道」本をきっかけにして、東京の「凸凹」というキーワードをめぐる書物が増えてきた気がする。

 

 たとえば2006年に、『地べたで再発見! 「東京」の凸凹地図』(東京地図研究社著、技術評論社)という本が出ている。これは地図の専門家がつくった本で、B5判オールカラー。文字通り地形が見える等高線の入ったカラーの地図が満載されている。『坂道美学』が芸能人の本らしく(?)港区や目黒区の坂が多いという特徴があるのに対し、こちらは牛込近辺の台地、本郷、小石川の台地、目白の台地、玉川上水なども載っていて、東京の凸凹ポイントはしっかり押さえているゾ感がある。ただ、この本がウリにしている3Dメガネで航空写真を見せるという手法は「?」(効果があまり伝わってこない。いまやGoogleで見ればいい ? )。

 

 だが、渋谷や新宿近辺ほか、凹=水路に関する地図は充実している。水がなければ凹になりようがない。東京にはどれだけ川が多い(多かった)かを再認識させてくれる。

 

 坂はなかなか消えない(麻布の北日ヶ窪町が坂を含めてまるごと消えてアークヒルズになったような例外はある)が、川・水路は暗渠化されて簡単に姿を消す。都市や街の発展に「水」は邪魔だといわんばかりだ。そして「消えた」ものは、探索心をくすぐる。

 

 そもそも、なぜ「地形」が人を惹きつけるのか。それは「地形」をめぐって、さまざまな想像力を働かせることができるからではないだろうか。「地形」には自然的要素から、数万年前からつい最近のことまでの歴史が眠っている。想像力や知識を駆使して「地形」を読むことで、その時間層を自在に旅することができるのだ。簡単に見えないがゆえに、それは楽しい。その実例のような本を次に紹介しよう。

 

『アースダイバー』

 

 上記の凸凹本と同じ頃、2005年に文化人類学者の中沢新一が『アースダイバー』(講談社)を出した。同書は、東京にあるビル等の上モノをはずして、原地形といってもいいようなものを露出させようという発想で成り立っている。上モノを外してしまうと、「縄文(洪積台地)/弥生(沖積低地)」の地形が浮かびあがってくる。「縄文海進」という言葉があるように、縄文期には東京のかなりの部分まで海が食い込んでいたらしい。乱暴にいってしまうと、東京圏のいわゆる「下町」はもちろん、現在川周囲の低い部分の多くは海だった可能性がある。

 

 東京の洪積層の台地周縁部をトレースして図にすると、手袋状のヤマイモあるいは脳ミソみたいな形をしている(下図参照)。縄文期の〝海〟に突き出ていた〝岬〟は、いまは崖、高台としてその姿を残していることが多い。この本にはその例として、東京タワーや麻布といった「高低差」を感じさせ、さらには時間が堆積して、なにやらいわくありげなスポットが紹介されている。

 

 元岬周辺には墓地や寺社が多々存在する。岬は境界であり、「死」の世界と接する異界的なポイントなのだ。「縄文地図を持って東京を散策すると、見慣れたはずのこの都市の相貌が一変するように感じられるから不思議だった」(同書「エピローグ」)ということである。

 

 たしかに、先のひばり周辺の「スリバチ」巡りで紹介されているような高台に立ち、川(=ひょっとして縄文期は海?)方向を眺めると、岬に立っている気がしなくはない。

 

アースダイバーの地図

『アースダイバー』付録の縄文地図

鳥居の脇道

ひばりタワー

「アースダイバー」的試み。鳥居の脇道(写真上)をのぼったところ、黒目川の北側の高台=岬 ? からの眺め。向こう岸の「パークシティひばりが丘」が見える。同時にここは「大和田通信隊」(連載5参照)があった場所でもある。時間が重層している。(撮影筆者)

 

『川の地図辞典』

 

 東京の川について、これでもかという詳しさと親切さを感じさせてくれる好著『 川の地図辞典 江戸・東京/23区編』(菅原健二著、之潮) が2007年に出ている(2015年に改訂版)。帯に〈消えた川・消えた地形歩き〉=「アース・ダイビング」必携とうたっているので、中沢新一の本を十分意識している。たしか著者は「タモリ倶楽部」に出たことがあると記憶する。

 

 これも地形本の流れだが、なにしろ「辞典」である。超弩級の凝ったつくりだ。東京を70ブロックに分け、現旧その河川や水路をひとつひとつ地図に記し、文章で説明する。地図は2つあって、ひとつは1880年代のもの、もうひとつは現在の国土地理院「二万五千分の一地形図」で、2つは対照できる。現在の地図には、暗渠になったりして消えてしまった水路が破線で書き込まれ、見えないものが「見える」仕組みになっている。この作成作業は想像するだに大変そうで、敬服に値する。いつまでも見ていて飽きない。シンプルな暗渠を含めた水路図は、さまざまな想像をかきたててくれるからだろう。「暗渠本」も出ているが、こちらはまさに決定版だと筆者は考える。

 

 この本は『江戸・東京23区編』だから、ひばり近辺は「練馬区⑥」に保谷・東伏見の河川が載っている程度。だが、2015年に補訂版が出た『川の地図辞典 多摩東部編』には「西東京①」としてひばりが丘や黒目川が載っている。引用させていただこう。

 

『川の地図辞典 多摩東部編』より

 

 

スリバチ地形

 

 こうして地形本は、さまざまなバリエーションをもつことになった。なかでも冒頭で触れたように「スリバチ地形」という概念は、かなり浸透しているように思える。その元となる本は2012年に出た『凹凸を楽しむ東京スリバチ地形散歩』(皆川典久著、洋泉社)。オールカラーで地図も写真もきれいにできている(『川の地図辞典』はモノクロ、自分で色を塗りなさいと書いてあるのと対照的だ)。

 

 「都会にひそむ谷」として六本木、麻布・白金、四谷、本郷、渋谷という窪地の定番みたいな土地を始め、全15箇所の東京の「スリバチ」が紹介されている。

 

 この本に「ひばり」周辺は登場しないが、姉妹編である『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩 多摩武蔵野編』(皆川典久、真貝康之著、洋泉社、2017年)に「東久留米」という項目がある。かなり小さい立野川やほとんど暗渠の「弁天川」(もちろん『川の地図辞典』には載っている)など、地元民が読んでも納得できる取材がなされている。地図を引用させていただく。

※なお、この『スリバチ本』は、発行した出版社が解散したので図書館や古書店で探すしかなかったが、前者は2021年に宝島社から増補改訂版が出た。

 

東久留米のスリバチ

立野川。右手は崖、手前には湧水というお馴染みの構図なのだが、湧水は枯れかけている。手前は小さい公園で、竹林があり、野生化したインコの集団が棲んでいる。かつてこの公園では、盆踊りが行なわれていたことがあった。(撮影筆者)

 

 じつを言うと、まだ紹介したい本がある。次回も川の話になります。

 

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