北多摩戦後クロニクル 第29回
1977年 清瀬に気象衛星センター  「ひまわり」画像処理しデータ提供

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年7月18日

 1977(昭和52)年4月、清瀬市にある気象通信所が廃止され、新たに静止気象衛星運用を目的とした気象衛星センターが発足した。現在の職員数は84人。さまざまな技術革新を経て精密な気象観測、予報になくてはならない中心施設となっている一方、地元との結びつきも強まっている。

 

ひまわり8号・9号のイラスト

ひまわり8号・9号のイラスト(気象衛星センターホームページより)

 

旧海軍通信所から気象観測の拠点へ

 

 施設の元々の前身は清瀬市の隣の埼玉県新座市を中心とした敷地にあった旧海軍の大和田通信隊。その分室が清瀬の気象衛星センターの場所にあった。戦後は大和田気象通信所と改称されたが、米軍に接収されることになったため1950年、気象通信所は清瀬分室に移転した。

 気象衛星で宇宙から得たデータを通じて観測や情報提供する時代がやってくると、日本でもデータを処理するための施設が必要となった。68年、米国の極軌道気象衛星ESSA-6号の地球画像データ受信を開始した。日本も独自の静止気象衛星を打ち上げることになり、そのデータ処理センターが必要となったため、気象庁は立地上さまざまな条件が合う清瀬に「気象衛星センター」を設置することを決めた。

 

気象衛星センター

気象衛星センターの航空写真(1977年)=同センターホームページより

 

 77年7月14、初の気象衛星「ひまわり」が米国・ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。ひまわりから送られる画像データは衛星センターの付属施設、埼玉県鳩山町の「気象衛星通信所」が受け取り、衛星センターで処理して国内外の関係先に伝達される。同年9月3日、最初の試験画像取得に成功して、精密な気象観測や予報が可能になった。

 この時のエピソードとして気象観測業務に長く携わった古川武彦氏は「気象庁物語」で「現れた画像は、どうにもぼんやりした画像で、丸い地球が白くお化けのように映し出されているだけであった。これが今も衛星関係者の間で語りつがれている『お化け』である」と記している。画像取得ソフトの一部不具合が原因と分かり、修正の結果くっきりとした画像が得られたという。

 

画像表示コンソール

ひまわり(初号機)の画像表示コンソール(気象衛星センターホームページより)

 

飛躍的に向上した観測性能

 

 静止気象衛星は赤道上約3万6000キロの軌道上で地球の自転と同じ周回軌道を持つため、地球上からは静止して見える。地球表面の約3分の1を視野に収めて気象に関連したさまざまなデータを安定して得られる。一方、極軌道気象衛星は南北の極付近を通り、低高度、短周期で地球を南北方向に周回する。高解像度の画像が得られるが、観測範囲は狭くなる。静止衛星では観測が難しい高緯度の極地方観測が可能になる。

 現在、「ひまわり8号・9号」の2機体制で2029年までの衛星観測を行っている。ひまわり8号は最先端の観測技術を持つ可視赤外放射計を搭載して14年10月打ち上げられ、15年7月から正式運用を開始。同9号は8号が障害を起こした場合は代替運用するために16年11月に打ち上げ、17年3月に待機運用を開始。22年12月13日には8号に替わってメーンでの運用が始まった。ひまわり6号・7号に比べて観測頻度が飛躍的に高まったことで、刻々と変化する台風や火山などの動きをより精密にとらえられるようになった。

 歴代のひまわりの改良により観測カメラの性能が飛躍的に向上した。人間でいうと目に当たるバンド数が、ひまわり初号機~4号までは、可視・赤外の2つだったが、ひまわり8・9号では16に増えた。また1時間で、何回地球の写真が撮れるかという観測頻度レースが向上し、地上のシステム(スパコン)の処理能力にも大きく寄与した。さらに、人間の視力に当たる分解能も向上した。

 ひまわりは大きく分けて可視光線と赤外線で観測し、得られたデータから、画像を作成、海面水温データの作成や黄砂情報の作成などを行っている。また、太平洋上に設置された無人の潮位計や島などに設置された自動地上観測機器から送られたデータを受信し、配信する機能もある。

 ひまわりの観測データは、日本はもとより、海外の気象機関で幅広く利用されている。国内では、気象庁内はもとより、気象業務支援センター、国土交通省、防衛省や大学などの研究機関などにも配信。一般利用としては気象庁HPでも画像を配信している。

 膨大なデータを処理して、より正確な予報に結び付けるためには高い処理能力を持ったコンピューターが必要になる。気象衛星センターには1959年に導入された「IBM704」以来11代目となるスーパーコンピューターが2024年に設置された。

 

拡大する役割、地元との交流も

 

 2022年度末から、ひまわり10号の整備が始まった。ひまわり10号では、「赤外サウンダー」という大気を鉛直方向に観測できる機器が追加される計画で、台風や線状降水帯の予測精度の向上が期待される。

 また、国際協力として、現在のひまわり8・9号では、北極から南極までの全球観測の他、指定した狭い領域を観測する機能も持っており、北半球の台風を2.5分間隔で観測している。この機能を利用して、「ひまわりリクエスト」として、海外の気象機関(オーストラリアなど)の要請があれば、南半球の台風について2.5分間隔の観測を行い、データを提供している。最近オーストラリアで発生した大規模な山火事では、同国の要請により、山火事の2.5分観測を実施し、火元の特定や煙の流れる方向の観測などに利用されたという。

 

気象センターの桜

気象センター敷地内に植えられた桜(2005年、気象衛星センターホームページより)

 

 1950年に気象通信所が清瀬に開所したころ、殺風景な施設に潤いを与えようとしたのか、職員が100本近い桜を植え、桜の名所のようになっていた。77年の気象衛星センター設立に当たってはこの桜を守るため建物の配置を考慮したり、移植したりしたという。大きく育った桜は気象衛星センターの象徴であると同時に、周囲が住宅や公園に囲まれるようになった今、住民の心を癒す存在となっている。

 

ひまわりフェスティバル

2019年の「ひまわりフェスティバル」(清瀬市提供)

 

 また「ひまわり」をキーワードに、清瀬市と気象衛星センターの絆も深まっている。センター前を通る道路は1980年「ひまわり通り」と命名。さらに、通り沿いにある広大な農地を利用した「ひまわりフェスティバル」が2008年始まった。10万本のひまわりが咲き乱れる風景を楽しもうと全国から10万人が押し掛ける人気のイベントとなり、新型コロナ感染症の影響による3年間の中止を経て2023年復活した。

 気象衛星センターもこれに呼応して地元との交流に努め、コロナ禍明けの23年、団体の見学受け入れ再開を決定。フェスティバル期間中の7月22日と24日にはセンター内で小学校高学年の児童を対象に「清瀬子ども大学・気象の部」が清瀬市の主催で開かれた。
(飯岡志郎)

 

【主な参考資料】
・気象衛星センター「基礎資料」(気象衛星センターホームページ
・古川武彦『気象庁物語』(中公新書)
・市史編さん草子「市史で候」(清瀬市

 

 

飯岡 志郎
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