まちおもい帖 第53回 私の地域活動の総括とこれから

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年12月7日

 この連載を始めたのは、2016年9月1日号。なんと足掛け8年も、書かせて頂いたことになる。この連載を終わるに辺り、自分の軌跡を整理してみたくなった。

 

地域活動ひよこ時代(通称ソメ研)

 

 私自身が地域デビューしたのが2011年、地域活動を以前からなさっている方々の後をヨチヨチとついて歩いた。入会したのは、2010年10月設立の「田無ソーシャルメディア研究会(通称ソメ研)(代表:原田光久)。当時オープンしたての「仙人の家」(東伏見、オーナー:竹中夫妻)を活動拠点にしていた。黎明期だった「ソーシャルメディア」を使い、昼間は勤め人でも、地域活動が出来るというコンセプトだったので、比較的若い社会人が多く参加していた。誰かが「あれをやろう!」と言い出すと、興味を持った人がこの指止まるという方式で、いろいろなことをやった。

 前日に皆で仕込みをし、市民まつりで「西東京野菜を使った鶏鍋」を完売したこと、アースディで夢や気持ちを画用紙に書いてもらい、それと一緒に100人の笑顔を撮る「スマイルフォト100」を作成したこと、街中で踊った「西東京市 えがお帖」などなど思い出深い。

 

鶏鍋

図1 市民まつりで鶏鍋完売(2011年秋)

図2 スマイルフォト100のマーク
(2011年:YouTube
(2014年:YouTube
(注1) 松本佳奈さん作詞/作曲の「How was your day?」を使わせて頂いている。

西東京市 えがお帖

図3 『西東京市 えがお帖』 ”SMILE DANCE in Nishi-Tokyo”
(注2)曲:注1と同じ松本佳奈さん、振り付け:鈴木涼子さん、撮影:篠原綾子さん、編集:戸田貴之さん

 

田無スマイル大学(通称スマ大)時代

 

(1)地域イノベーター養成講座~西東京市のお土産を作ろう

 2012年春、仙人の家での「地域イノベーター養成講座」Ⅰ、Ⅱから、田無スマイル大学(代表:富沢木實、副代表:鈴木 剛)がスタートした「まちおもい帖」第1回 ほしい未来は自分でつくる。地域に革新をもたらす人材を養成する講座で、すでに地域で新しいことをやっておられる方のお話を聞いた上で、その事業をもっと面白くするには、どうしたら良いかなどのアイデア出しをするようなことをやった。私も含め、皆手探り状態で、誰かが先生というより、ワイワイガヤガヤ言い合うことが楽しかった。

 

地域イノベーター養成講座

図4 地域イノベーター養成講座のひとコマ(於:仙人の家)

 

 この盛り上がりに乗じて、「西東京市のおみやげを作ろう」というのもやったが、これは製品化できなかった。西東京市は、キャベツの生産量が多いというので、キャベツを粉末にしてお菓子にしようと、和菓子のい志井さんが「どら焼き×キャベツ」を試作してくれたものの、キャベツでは特別な味にならなかったのだ。その後、市の商工課が旭製菓さんと「かりんとう×キャベツ」で商品化したがいまひとつだったように記憶する。

(2)フューチャー・セッション~おとぱ

 「フューチャー・セッション@西東京:10年後、わたしたちがもっとワクワクするまちについて話してみよう!」という長いタイトルのもと、
 第1回:未来を担う子ども(2012年11月)
 第2回:防災(2013年2月)
 第3回:地域に眠る人財の活用(2013年4月)
 第4回:公共空間のデザイン(2014年7月)

を実施。毎回、40名ほどの老若男女が集まって、真剣に議論し、刺激し合った。こうした「対話の場」を繰り返すことで、「自分たちのまちは、自分たちで作っていくんだ」と思い・実行する人たちが増えるとよいなぁと考えての催しだった。この時は、「対話ラボ」のメンバーが手助けしてくれた。

 

フューチャー・セッション「未来を担う子供」

図5 フューチャー・セッション「未来を担う子供」のひとコマ(於:フレンドリー)

 

 2013年には、定年退職後のお父さんに地域で活躍してもらおうと、「お父さんお帰りなさいパーティ(通称おとぱ)」関連のイベントや講座をやった(「まちおもい帖」第38回 会社人間だった私の地域デビュー

(3)まち探カレッジ~HUG~写真投稿~Youtube

 2015年には、西東京には、素敵な人、面白い人が沢山居ることを知ってもらうため、月1回、1年間「西東京まち探カレッジ」を実施した。酒屋・レストランを経営するソムリエに、ワインの飲み方やそれに合う料理を紹介してもらう講座、高級レストランにハーブを提供しているニイクラファームさんのハーブ講座、浅草育ちの下駄屋さんに吉原から芸者さんの踊りまで案内してもらうツアー等々。講師の方々は、趣旨に賛同してくれ、講師料無料、材料費のみで実施して頂いた。

 

西東京まち探カレッジ

図6『西東京まち探カレッジ』第一回「ソムリエが教える、おうちワインの楽しみ方」の様子

西東京まち探カレッジ

図7『西東京まち探カレッジ』番外編「若旦那と行く浅草ディープツアー」浅草見番「悠々亭」でお座敷遊び

 

 2016年には、協働コミュニティ課のNPO等企画提案事業に避難所運営ゲーム(通称HUG)を使い、「中学生の生きるチカラを育むワークショップ」を実施した(ひばりタイムス「青嵐中2年生が避難所ゲーム 生きる力を育むワークショップ)。テーマは、「防災」だが、主眼は、中学生たちに、与えられたことを学ぶだけでなく、自分たちでいろいろなことを考え、かつ日常生活にも活かしてもらいたいという気持ちであった。もともとのHUGは、長時間かかるので、授業時間に合わせて短縮し、ペットや自動車などの小物類を紙粘土で作るなど工夫した。青嵐中2年生、柳沢中1年生全員を対象に体育館等で実施し、翌年度も続いた。

 この頃になると、スマ大主催とは言っても、企画段階では、主だったメンバーが参加するものの、実働する時の参加者は、少なく、「西東京レスキューバード」の方々に手助けして頂いた。また、このゲーム自体が阪神淡路大震災の折に静岡県で作られたゲームなので、東日本大震災を受けて、「道路が混みあうので自動車での避難はいけない」「配管が破損しているかもしれないので、プールの水などを使ってトイレを流してはいけない」など、さまざまなことが変更になり、日々、防災関連記事を注視していないと間違えたことを教えてしまいそうになった。そこで、防災関係の授業からは、手を引くことにした。

 

中学生の生きるチカラを育むワークショップ

図8 NPO等企画提案事業「中学生の生きるチカラを育むワークショップ」青嵐中の様子

 

 スマ大としては、そのほかに、Facebookで市民の皆さんから面白い写真や記憶に残る写真を毎月投稿して頂き、「いいね!」を最も獲得した写真が次の月のトップページを飾るというやり方で西東京市の素晴らしさを認識し合うという遊びもやった(図9参照)。西東京エリアの「珍風景」の投稿も(「まちで見つけた珍風景」)

 

どんど焼き

図9 『西東京エリアの風景&出来事投稿写真』2015年1月分から(上向台小のどんど焼き)
1月分の映像(YouTube

 

 また、「ニコニコ超会議」を見てきたメンバーがスマ大で何かできないかと言い出し、将来的には、西東京市をYoutubeのメッカにしたいと、当時流行り出したYoutubeの勉強会を始め、短い動画作りに挑戦した。オリンピックまでに、英語で日本の作法を紹介するのはどうかとか、手始めに西東京市の名所動画を作ろうなどと試行錯誤した。しかし、編集に時間がかかることや、お子さん達の動画には、登録者が3桁、4桁になるのに、私たちの動画のフォロワーは増えず、失敗に終わった。お時間のある方は、こちらをどうぞ、小金井公園たてもの園の子宝湯の紹介

 

西東京市カルタ製作(西東京市カルタ製作委員会)

 

 スマ大メンバーは、個々には心許せる友達で、困った時には、助け合ったりするものの、それぞれの関心も異なり、仕事や住む場所など生活環境も変化したため、一緒に何かするのは、難しくなった。そんな折、2017年10月にFacebookで「西東京市カルタをつくりませんか」と呼びかけたところ、多くの方が賛同してくれ、どんどん読札が集まり、嬉しい悲鳴となった。これは、本気で取り掛からないとまずいと思い、私の勝手で知人を集め編集委員会を立ち上げた。足掛け4年かかり、2020年4月に、読札、絵札、説明書、地図を含む第一刷100部がようやく出来上がった(ひばりタイムス「西東京市カルタ」完成、足かけ4年 楽しみながら郷土を知る」)

 ところがカルタが出来た途端にコロナ禍となり、カルタを使うのは、お預けとなってしまった。2021年10月、コロナ禍の合間に、公民館の「学校出前授業」の一貫として、碧山小で、絵札をA4の大判にしたものを使い、体育館で3年生2クラスに実施することができた(ひばりタイムス「碧山小で「西東京市カルタ」の学校出前講座 楽しみながら「郷土」を知る」)。この活動は、コロナ禍やインフルエンザ流行があるなか、公民館の「まちなか先生」に引き継がれ、ここ2年ほど数校でカルタを使って西東京市を知る授業をやらせて頂いている。現在は、クラスごとに、普通の絵札を使っている。大判の絵札だと、どうしても遊びになり、内容を理解するよりも数を取る方に心が行ってしまうからだ。

 

西東京市カルタ

図10 「西東京市カルタ」第二刷

 

 西東京市カルタは、ネットでやり取りして作成したので、読札や絵札作成に協力してくれた方々の中には、顔を知らない方もおられる。社会福祉協議会から得られた助成金では、一刷100部の経費を賄えず、うち20部は、思いのある方々が購入してくれ、80部を図書館、小学校、児童館などに寄贈した。その後、高齢者施設でも欲しいと言って下さる方もおり、それではと、大枚はたいて200部増刷りし、田無駅にある「まちテナ」で販売しているのだが、正価2500円に消費税が付くのでなかなか捌けないでいる。

 私が北海道に勤務している間に、わが故郷である田無市が合併したため、地域活動を始めた頃には、西東京市になかなか馴染めなかった。このため、ソメ研にもスマ大にも頭に「田無」が付いている。しかし、仙人の家も東伏見であり、一緒に活動していたのも保谷の方の方が多かったかもしれない。「西東京市カルタ」は、両市のわだかまりを無くすため、取り上げる場所も、偏らないようにするなど配慮をし、お互いがお互いを知り合おうという意味が込められている。

 

多世代交流・地域の居場所「どんぐり」開設

 

 2016年度から、たまたま、自分が住む地域の自治会役員をやることになった。私は、一人っ子で両親は、既に他界している。一人暮らしの高齢者である自分にとって、「遠くの親戚より近くの他人」であろうから、西東京市を対象にするのは一旦終了し、西東京市の中でもより狭いエリアを地域活動の対象にする必要があるのではないかと考えるようになった。考えてみれば、住んでいる地域とは言っても、母の友達だった方以外、ほとんど知り合いがいないのだ。

 地域活動の対象を狭めようと思っていたおり、隣家の高齢夫婦が相次いで亡くなり、売却話が出てきた。地域活動をする上では、自転車に乗れると自在な活動ができるのだが、残念ながら私は自転車に乗れない。以前から、仙人の家のような地域の居場所が近くに欲しいと思っていたが、少し遠いと管理が難しい。しかし、隣家なら、なんとかなるのではないかと思い立ち、直ぐに購入を決めた。結婚せず、子育てもしなかった分、地縁に頼ろうという訳だが、実際のところ、親子でも老後の面倒を見てもらえるとは限らない世の中、地縁だって頼りにはならないだろう。だが、イノシシ年は、ともかく走ってしまうのだ。

 こうして、2019年10月に、多世代交流・地域の居場所「どんぐり」が開設された(「まちおもい帖」第31回 居場所始めて5カ月目―地域に「さざ波」を起こしたい。当初は、定例の落語会や映画観賞会などを自ら企画して開催していたが、コロナ禍で、狭い家に人を押し込むことが出来なくなってしまった。そこで、場所を使いたい方々に、時間貸しでお貸しするようになった。「ロボットプログラミング教室」「スマホ教室」「健康麻雀教室」「座ってフラダンス教室」のほか、発達に凸凹のある子どもたち、人と接するのが苦手な子供たちの遊び場などにも使われるようになった。

 当初は、2階に若いご夫婦が住みたいとのことで、2階にもキッチンを作ったのだが、子どもが二人になり、手狭になったと2年で出ていかれた。そこで、2階は、月貸しすることにした。4畳半の部屋と4畳半+14畳ほどのリビングを2人の方に貸している。前者は、整体師で、もう一人の方は、独立のベビーシッター。後者の方は、子ども服等の交換会をメインに、親子関係のさまざまなワークショップを開催している。彼女のイベントの日は、ベビーカーや子供を前後に乗せるママさん用自転車が所狭しと並ぶ。コーヒーのキッチンカーも週1回来るようになった。

 

どんぐり

図11 どんぐり駐輪場の様子 ママチャリが所狭しと並ぶ

 

 また、2階を借りている整体師の方は、介護ヘルパーでもあり、一階で、月一回、朝6時半~14時まで、0歳~120歳まで、300円でご飯と具沢山お味噌汁、お新香が食べられる「ご飯会」を始めてくれた。本当は、ご近所の高齢者の方に来ていただきたいところだが、始めてみると、子どもを保育園に連れて行く前のお母さんなど、自分の時間を作れない忙しい方が来て下さる。散歩ついでに高齢ご夫婦が立ち寄ることもある。まだ、3回目なので、今後どのような展開になるのか分からないが、見知らぬ方同士が一緒にご飯を食べながらお話しているのも楽しそうだ。

 

下宿コミュニティセンターと下宿自治会

 

 いろいろな経緯があり、2020年から下宿コミュニティセンター管理運営協議会(以下下宿コミセン)代表、2022年度から下宿自治会会長となった。狭いエリアの活性化を目指していたのだから、良いご縁を頂いたのだが、どちらも、それぞれ課題を抱えている。

(1)下宿コミセン

 下宿コミセンは、手芸、音楽、健康体操などのお楽しみにフル活用されており、私の役割は、それに加えて、地域コミュニティのさまざまな課題に対応するよう軸足を移せば良いのだと思っていた。このため、まず地域コミュニティの拠点であることを皆に認識してもらおうと、自主事業として毎月一回「わくわくアワー」を実施し、知名度を高めようとした。「落語」「曲名当てビンゴ大会」「オカリナとハーモニカ演奏」「バラライカ演奏」「二胡演奏」「似顔絵を描いてもらおう」等々。

 

わくわくアワー

『わくわくアワー』2022年11月「バラライカの演奏会」

 

 ところが、コロナ禍が続くなか、高齢化もあり、利用団体や利用者数が減少し、稼働率そのものが低下傾向にあることが分かった。そこで、新しいサークルが生まれて欲しいと、「田無の近代史講座」「伝筆講座」「ゼンタングル講座」などを実施してみたが、ようやく1サークルが立ち上がる程度であった。このほか、ほとんど使われていない夜間の利用を増やすため、1階ホールを、登録すれば、個人でも学習室として使えるよう実験的に始めたところだ。

 地域コミュニティの拠点と認識してもらうよう、「防災まち歩き」「健康長寿と福祉の講座」など、社会的課題に対応した講座をするほか、地震などイザと言う時に、市民が主体となって下宿コミセンを情報本部として使用できるよう規約を変更するなどしてきたが、まだまだ住民の方々に、「拠点」としての認識を持ってもらえていない。

(2)下宿自治会

 自治会は、課題だらけだ。おそらく、どの自治会も抱えていることだろうが、会員が高齢化で施設に入居される、あるいはお亡くなりになると、空き家になってしまう。子ども世帯は、既に別の場所で暮らしているため、売却するか、そこにアパートを建てて、管理を不動産屋に頼むことになる。新しい入居者は、共稼ぎだったりして、自治会に入る必要性を感じない。当自治会は、形だけは、整っているのだが、高齢化で回覧板を回すのも辛いと言われるし、防災係を決められない班が出ている。そして、年々会員数が減少している(「まちおもい帖」第7回 地縁コミュニティ(自治会・町内会)は復活なるか第46回 自治会-住みやすいまちを作り出すプラットフォーム

 昔は、同世代が住み、子どもも同じ学校に通い、葬儀も手伝い、溝さらいもし、ゴミも集積所に出していたので、自ずと縁が出来ていたのだが、こうしたことが無くなってしまえば、同じ〇丁目に住んでいるからと言って、わざわざ知り合いになる必要性を感じないのは、やむを得ないだろう。駅から近いので、散歩がてらに買い物にも行けるし、役所も近いので、何かあったら役所に行けばよい。近くにコンビニもあるし、宅配弁当もある。自治会に入る意味を見いだせないのだ。

 

しもじゅく夏祭り2023

図13 「しもじゅく夏祭り2023」最後まで残っていたスタッフの記念写真(於:きらっと)

 

 それでも、2023年には、4年振りに夏祭りを実施することができ、少しは、自治会の意味を見つけられたような気がする。今回は、会場として「きらっと」をお借りすることができ、多くの方々がボランティアに駆けつけてくれた。現在の役員は、祭りの経験がないので、実施するまでは、おっかなびっくりであった。しかし、実施してみると、OB・OGの方達がイキイキと手伝ってくれること、子どもたちが浴衣などを着て嬉しそうなこと、おそらく役員自身も達成感を感じられたであろうことから、自信を付けてくれたようだ。祭りをやると、会員の名前と顔が一致し、その人柄が分かる。祭りの実施は、子どもたちに良い思い出を作るだけでなく、運営する側にも一体感が生まれる良さがあるようだ。こうした積み重ねを続けることにより、防災訓練も、活きてくるのだと思う。とは、言うものの、自治会の在り方については、私自身まだ試行錯誤だ。

(3)「ヨタヨタ→ドタリ→死」までの「あったら良いな」は、見えていない

 自分自身も含め、お一人様の老後の在り方については、自分でも、どのような社会が望ましいのかの姿が見えていない。中途半端に「個」化した社会、「家族」にのみ責任を持たせる社会制度、どれも時代に合っていないように思えるのだが、代案を見つけられずにいる。これは、私にとっての大きな課題だ。

 

自らの地域活動を振り返って

 

 過去を振り返るのは、年をとった証拠かもしれない。振り返ってみると、私の地域活動は、①西東京市は、皆が思っている以上に魅力的なまちだよと住民の方々に知ってもらうこと、②まちは、自分たちで変えられると実践して見せることぐらいだったように思える。その時は、それなりに真面目にやっていたつもりだが、「肩肘張るのではなく、まちで遊ぶ」をモットーとしてきたので、振り返ると遊んでばかりいたようだ。全部には、触れていないが、いくつも失敗をしてきている。失敗を恐れないでともかくやってみること、失敗したら、修正してやり直せば良いと思っている。

 自分の地域活動をまとめておこうと思ったのは、「こうあったら良いのに」と思ったら、「自分たちでやれることからやってみる」ことを伝えたかったからだ。「魚をあげるのではなく、魚の取り方を教える」のがソーシャルビジネスであると言う。魚をあげるのは、福祉だが、そうではなく、問題の本質を見極め、根本的な解決を図ることが大切であると言うわけだ。私は、ここまで踏み込んだことはやってこなかった。しかし、「政治が悪い」「行政が悪い」と文句ばかり言うのではなく、「自分のやれる範囲でまずやってみる」、そういうDNAのようなものをつなげていきたいと思っている。

 「どんぐり」という場所を作ったら、何かをやりたいさまざまな方が場所を使わせて欲しいとやってくるようになった。私より、一回りも二回りも若い方々だ。何かやると、何かが起きる。そんなさざ波が伝播していく様が、まちの遺伝子になってくれたら嬉しい。

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。退職、母の介護を経て、まちづくりに関わる。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。2019年より、多世代交流・地域の居場所「どんぐり」オーナー。2020年にフェイスブック仲間と「西東京市カルタ」完成。2020年より下宿地区コミュニティセンター管理運営協議会代表、2022年度から下宿自治会会長。

 

 

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